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夜特有の風の冷たさが心地よい。だがあまりに風を感じていると寒い。
「牡丹様」
ジャンが暖かいコーヒーを差し出してくれた。牡丹は手に取り一口飲んだ。体の芯まで暖まる。
「あーなんで夜になるとこの国は寒いんだ」
牡丹は少し大きな声で愚痴った。華国は夜になると寒い。朝と昼は暖かい。そういう環境の国なのだ。牡丹は上着を着てコーヒーの暖かさを手に感じながら歩いた。
犯人探しを始めて1時間半になる。今のところ連絡無し。他のグループも歩き回っているがなんもへんてつもない。牡丹は歩きながらコーヒーを飲み愚痴っている。とっとと、捕まえたいというオーラが牡丹から発しされていた。ジャンはため息をつき牡丹に注意した。
「牡丹様そうようなだらしない顔はおやめください」
「は?」
牡丹が強くジャンを睨みつけた。
「もっとシャキっとしてください 兵達にも影響しますので」
「犯人が出ればかっこよくなる」
「今もして下さい」
「やる気しない」
ジャンはまた、ため息をついた。こう見ると牡丹は我がままと思われるかもしれないが、良い言い方をすると無駄な気力を使っていないと言えよう。このようなことはいつものことなので逆にこうではないといつもの牡丹ではない。いつもの口喧嘩もし、まだまだ歩く。
狭い路上を見て、隠れそうなところを見つけては確認し、人が通れば確認する。そろそろ1時になりそうであった。
「あー暇だ」
「やはり何か囮でも仕掛けておけばよかったですかね…」
「犯人は一般人を狙うんだ 王族の用意した下着なんて盗まないだろ」
「そうですかね…」
牡丹がふと、上を見上げると、とあるマンションが目に入った。壁に美しい装飾がある結構豪華なマンションである。そのベランダから人影が見える。何かを取り出し、干しているようだった。深夜に金髪が揺らめいている。
(って、あれマァンじゃないか)
遅くに帰ってきたのか、マァンが下着を干していた。金髪がよく目立っている。少し申し訳ないと思いつつ、良い囮が出てきたと牡丹は思った。牡丹は上を見上げたまま立ち止まる。それに釣られてジャンと兵達も止まった。ジャンが一声かけると牡丹は「静かに」と言って黙らせた。牡丹と同じ方向を見るとジャンと兵達はすぐに納得した。ジャンは小声で指示をだし、屋根の上に配置させた。兵は色真似の術をし、屋根と同じ色に変わって待ち伏せをした。ジャンは牡丹の側にいる。
牡丹は確信がついている。深夜に下着を干しているやつはそうそういない。皆、家の中にしまっているだろう。今歩いてきた中で唯一、干し始めている。これは犯人にとってもチャンスである。
牡丹は睨みつけるように見つめる。
マァンは下着を干し終え、部屋の中に入っていった。
「ジャン 相手は素早い 呪縛眼を使え」
「はっ!」
ジャンは目を瞑り、再び開けると目玉が真っ赤になった。呪縛眼というのは視界に入るものが全てスローに見え、尚かつ、特定の人や動物を動けなくする術である。神経を使うので集中力が必要である。ジャンは瞬き一つもせずに一点を見つめた。
いつくるか…
(出てきたらさっさと捕まえて帰ろう)
牡丹がそう思った時、風が牡丹の髪を撫でた。すると何か黒っぽい影が。
「!!呪縛!」
ジャンが声を張り上げると空中に黒いものが浮かんだ。浮かんでいるというより、無理矢理、飛ぶのを止めさせられたようだ。
「ナイスだジャン!」
牡丹は魔力で大ジャンプをし犯人らしき者に向かった。ジャンと兵達も牡丹に続いてジャンプした。顔はフードに隠れていて見えない。相手はどうにかして呪縛から解放されようとするが超上級者のジャンの呪縛からは逃れることなどできず。ジャンは指の先を紐のように伸ばし、犯人の体に巻き付いた。
「捕まえた、ぞ…!!」
ジャンの眼が真っ赤なことに気付いた犯人はとっさに、自分が履いていた靴をジャンの眼に狙って投げつけた。ジャンは驚いて片目を瞑ってしまった。集中が途切れた。少しでも集中が切れると呪縛はすぐに解いてしまう。犯人は体が自由になると、下着目掛けて風のように手に取った。兵達は犯人を取り囲むようにして突撃したが、隙を見て、兵の上から逃げた。
(このままでは逃げられる…!)
とジャンは思ったが
「私もいるぜ?」
犯人より上に。月夜に照らせれた牡丹はニヤリと口角が上がっていた。牡丹は刀を取り出し振り下ろした。犯人の腹に見事、貫通させた。
「ああああぁっ…!!!」
声にならない声を出しながら犯人は地上へ落下した。だが落下の音はせず、牡丹の魔力でそっと地上へ下ろされた。腹には刀が刺さったまま。犯人の手には下着。ジャンと兵達は牡丹のに駆け寄った。
「すいませんでした」
「謝ることはない あのまま捕まえていたら私の出番がなかったからな」
牡丹は高らかに笑うと犯人の近くに座り声をかけた。
「おい いつまで寝てんだ」
「…うっ?」
犯人は目を覚ました。顔を持ち上げると腹に刺さったままの刀を見てもう一度、
「うわあああああぁっ!!!!!」
と叫んだ。牡丹は大きなため息をつくと呆れて目で言った。
「お前な…まさか…自分が死んだと思ってんのか?」
牡丹の言葉に犯人は呆然としている。牡丹は刀を手に取り、抜いた。犯人はビクリと震えたが痛くも痒くもない。血も出ていないし貫通の後もないことに気付いた。犯人は不思議そうに自分の腹を撫でた。
「これは人を切らない代わりにお前の体の自由を効かなくさせた 今、動きづらいだろ?」
そう言われるとなんだか体がだるくて重い。牡丹のオリジナルの魔法のようだ。
「牡丹様、そのような説明はまた後で まずはこいつの顔でも拝見しましょう」
ジャンがフードを掴み、取った。そういえば犯人は白い長髪だったなと、どんな男だろうと、思っていたが
「!?ん!?」
白い長髪が靡く。白い肌に夜のような目。潤い唇に細い首が見えた。目は大きくぱっちりとしている。そう、まるで
「女!!?」
牡丹達は同時に言った。女らしき犯人は可愛らしく頬を膨らませて怒ってみせた。牡丹達はただ驚くばかり。皆、男が犯人だと思い込んでいたからだ。だが捕まえた相手は女。だしかに下着泥棒はこいつである。手には下着。目撃者と同じ白い長髪。
「…し、失礼」
牡丹は恐る恐る、犯人の胸に手のひらを当てて触ってみた。犯人は「きゃっ」と高い声を出した。牡丹は触るのを止めると
「…女だ…」
と言った。驚く牡丹達に犯人は段々恥ずかしくなってきたのか大声で泣き始めた。
「だってしょうがないじゃんー!私貧乏だもん!!」
「は?」
「下着も買えない、貧乏だもん!うわーん!!」
どうやら理由がわかった。下着が買えないので盗みに走ったようだった。ジャンはため息をつき、兵達は安心し、牡丹は苦笑いした。
「ははっ…お前な…盗むっていってもちゃんと選んだほうがいいぞ」
牡丹の言葉に女は首を傾けた。牡丹は女が持っていた下着を手に取ると、女の胸にあてて
「お前これじゃあ…余るだろ?」
と言うと女に勢いよく頭突きをされた。
さて、これで一応この事件は解決した。後はジャンに任せて他の兵達を休ませ、牡丹も部屋に帰った。寝ながら思ったが
(明日、椿に仕事押し付けよう…)
そのまま眠りについた…。