「あなたはお金持ちなのかしら?」
「なんで?」
「まさか初見で地下行きたがるなんて…なかなかいないよ」
ハイヒールの音が階段を降りる度に響いた。マァンは牡丹の腕に抱きついていた。二人は例の階段を降りている。牡丹はあの後地下へ行ってみたいと言った。マァンははたまた驚きながらもお金はあるのか、一度行ったら料金が高くなるがいいのか、普通は興味本位で行ってはならないだとか言われたが牡丹はただ、「行きたい」と言って聞かなかった。
「あなたはすごい人ね」
「なぜ?」
「…私で良かったのかしら?」
「あぁ」
牡丹は短く答えた。マァンはこの時変な人だと感じた。初めての店で初めて出会った女を指名したまま地下に行くなど、ただの金の無駄使いなのではないかと。もっといろんな女がいて、その中で自分のタイプの女といけば良いのに。この店の仕組みも知らないのに。
マァンがそうこう思っているうちに部屋番号100番に到着した。ドアは真っ赤でドアノブは金色に輝いていた。マァンが鍵を開ける。
「何部屋ぐらいあるんだ?」
牡丹が質問する。
「100室よ ここが最後の部屋よ」
「へぇ…今日は満席なのか」
「そんなことないわ たまたま鍵がそうだっただけよ」
「そうか なら今日からここが私専用になるわけだ」
「は?」
とマァンが固まっているうちに牡丹が後ろから手を伸ばし扉を開けた。部屋には大きなソファー。高級そうな机。ダブルベッドも置いてある。最新型のテレビもある。壁と床の色は赤で大きな窓からは魔法で作られた星が描かれていた。牡丹は周りを見て第一声は
「狭いな」
「え、お客様は広いと言うんだけど」
「私の家に比べれば狭い」
「あなたって…」
マァンか少し呆れていると牡丹はソファーの前にある机に触れる。
「ふむ、アダムのデザインか」
「あら知ってるの?」
「アダムといえば鳥をモチーフにした家具のデザイナーだろ 有名じゃないか 華の国の美術の代表者と言ってもおかしくない」
「あらあら…」
マァンはさっきから驚いたままである。マァンは牡丹をじっと見ながら近づいた。
「こんなお客様初めてよ 美術に興味あるお客様なんてこのお店に来ないもの みんな女とお酒がメインで来てるんだから」
「…ひどい連中だな」
「あら、あなたもそうじゃないの?」
「私は暇つぶしにきたんだ」
牡丹はソファーに音をたてて座った。背もたれに寄りかかる。
「どうも最近つまらなくてな もう少し世界を広く見たいと思ってここに来た。別に酒とか女とか」
牡丹はマァンを見て言った。
「お前に興味を持った覚えはない」
冷たく言う。マァンは今日最大に驚き眉間にシワを寄せた。マァンは強い口調で
「ならここまでこなくて良かったんじゃない?」
「広い世界を見たいと言ったろ」
「あなたって…」
マァンは牡丹を見下しながら言った。
「…最低ね」
見下した目。牡丹は何故か笑った。すると
「!?ちょっ…!」
マァンの腕を引っ張ってマァンを抱きしめた。マァンはわけがわからず抱きしめられるまま。牡丹は丁寧に優しく抱きしめている。マァンは少し心地よいと思いつつ牡丹に抵抗を見せた。
「なっ、!ちょっとやめてよ!」
「…」
「何今更!私が逃げると思って!?」
牡丹は何も言わない。さっきとは大違いの優しい腕にマァンは冷静を失っていた。マァンは肩をたたいたり、押しのけようとしたがビクともしなかった。
「ねぇ、!何をあんた、やめてってば!」
「怒ったか」
「はぁ?」
「怒ったかと聞いたんだ」
やっと口を開いたと思ったらこんなことを言った。そりゃあ、あんなこと言われては怒ってしまうのが普通かもしれないが。突然が多すぎる。
「何?謝ろうっていうのかしら」
マァンが馬鹿にするように言うと牡丹は真面目に答えた。
「最初お前が見えなくて」
マァンはその言葉に疑問を持ちながら牡丹の声に耳を傾けた。牡丹は静かな口調で続けた。
「私のこと見ていなかっただろう?ただの金づるが来たと思っただろう?お前は私を見てなかった そんなお前がかわいそうでな」
「か、かわいそう?どこが?」
「お前は女になっていない」
牡丹はマァンの目を見つめて言った。その目は真っすぐにマァンの目の奥まで見据えていた。真っ黒な瞳に見つめられマァンは自然に目を反らした。
「お前は道具のようだ 男のために男の都合が良い男の性欲解消としている お前は道具に慣れてしまっていて本当の女になれていない」
マァンは唇を噛んだ。
「道具としての喜びも楽しみもない平行の人生だな お前は女だろう 道具のままでいいのか 道具になるしかないのか」
と、突然マァンは牡丹の肩を勢いよく押した。牡丹の腕はマァンから離れた。二人の間に微妙な距離感がでてしまった。マァンは顔を下に向けて口を血がでるほど噛み締めていた。そして声を張り上げて言った。
「うるさい!!会ったばかりのあんたに何がわかるの!?どうせあんたも私の体目当てでしょ!!だれも私のことなんかっ…」
マァンはここでハッとして自分の口を塞いだ。牡丹は黙って見ている。マァンは焦りながらも段々と冷静を取り戻した。そして今自分が言おうとしたことを飲み込んだ。そして出会ったばかりのマァンに戻っていった。
「…いやだわ 私ったら ごめんなさいお客様 私変なこと…」
「変じゃないさ」
目を見つめられる。牡丹はゆっくり微笑むとやわらかく言った。
「可愛いよ」
「…っ!」
マァンは耳まで真っ赤になった。とてもわかりやすく赤面したので牡丹は少し驚いた。マァンは恥ずかしいのか口をぱくぱく動かしたが言葉がでずに黙ってしまった。小さく深呼吸をする。髪を整えながら顔を上げる。
「やだわ…お客様ったら…口がお上手なんだから…」
目が合うとマァンはすぐ逸らした。今度は顔を横に向ける。すっかり落ち着きがなくなっていた。牡丹は手を伸ばし、両手で包みこむようにマァンの片手に触れた。マァンは驚いてまた真っ赤になっていた。牡丹はそんなことは気にせずにマァンの手を触る。爪、指、甲、手首、手のひら…ゆっくり触れ、優しい温もりにマァンは緊張していた。いつもの客なら乱暴である。自分の欲望のまま触るだけ。女のことなど考えずに好きなようにしていた。マァンはそれに慣れてしまってもう何も感じなくなっていた。体は反応していても脳は全くの無であり、時が過ぎるのを待っていただけ。だが牡丹は違った。女のことを一に考え、観察し、スキンシップを取り、話を聞き、中身を見ていた。理解しようとしていた。牡丹のような人は初めてでマァンはどう接すればいいのかわからない。だが手を触れてもらえるだけでこんなにも心躍るような気持ちで心地よい。
マァンは戸惑いながらも甘い声をだした。
「…あ、」
「ん?」
「…私、今、すごくドキドキしてる…」
マァンは牡丹の手を取ると、はだけている胸の少し上あたり。心臓がある位置に牡丹の手を置いた。肌を通して心臓の鼓動が伝わってくる。手とは違う感じかたにマァンの鼓動はもっと早くなった。
「…よく伝わる」
牡丹はマァンの変化に気付いている。指先を少し動かすとマァンは耐えるような顔つきになった。だがそれとは逆に身体が徐々に熱くなってきているのがわかる。牡丹はスルスルと手を下へもっていく。
「っ、…」
マァンの身体が少しねじれる。耐えながら感じている姿がなんとも女らしかった。牡丹はマァンのことを見ていたが、ふと、ドアの上にある時計を見た。深夜1時を回る頃である。おもいのほか長いしたなと思った牡丹はマァンの乳房の上で動くのをやめた。手が離れるとマァンは夢から覚めたような顔をした。牡丹はまたマァンの手を握り、言う。
「すまない 今日はここまでだ 帰らせてもらう」
申し訳なさそうな顔にマァンは目が覚める。牡丹は立ち上がる。マァンは固まっていたが我に返り、立ち去ろうとする牡丹の腕を掴んだ。
「まってよ!何を急に帰るなんて!まだ何もしてないじゃない!」
牡丹は振り返りマァンを見た。するとマァンの目には涙がたまっていた。子犬のようだ。泣くのを我慢するように言った。
「これからが大人の楽しみじゃないの?ほらお酒だって飲んでないじゃない!奢るからさ、ここにいてよ!まだ私…」
「…」
「…あなたと一緒に…」
涙が出そうだった。零さないようにするかのように、牡丹はマァンの唇を人差し指で塞いだ。
「また来る」
牡丹は冷静に、だが必ずといった強い口調で言った。マァンは自然にうなづく。牡丹は最後にニッコリ笑うと一人で部屋を出て行った。残されたマァンは、ぼんやり立ち尽くしていた。




「ちょっと〜何してんのマァン!お客様は最後まで見送んなきゃ〜」
「…」
「ちょっとマァン?聞いてるのか?」
「…」
「あのお客様帰っちゃったよ!」
「…」
いくら店員が呼んでもマァンはボーッとしていた。牡丹が頼んだ黒薔薇をグラスに淹れてじっとお酒を見ながら。