瞼越しから強い光が感じられた。
「姫!朝ですよ!」
夢の外からうるさい声が響いた。
「姫ったら!」
今日最大級の大声を出すとやっと牡丹は目を開けた。目の前にはジャンがしかめっ面で立っていた。太陽の光が眩しい。まだ夢うつつの牡丹は布団を頭までかぶった。ジャンは無視されたことに頭きてもう一度大声を出す。
「姫!!起きて下さい!」
「うるさい…」
「具合が悪いんですか!?ってそんなわけないでしょ!あなた様は人一倍体強いでしょ!」
突然の乗り突っ込みである。牡丹は苛立ちながらも眠気には勝てないので、寝言のように
「もう少し寝る…」
と言い残して夢の中へと入っていった。寝顔を見たら起こす気もなくなりジャンは諦めた。



「申し訳ございません 椿様 梅様 まだ牡丹様は就寝中でございます」
「姉さんが?珍しいね」
梅は少し驚いた口調で言った。隣に座って紅茶を飲んでいた椿は少したってから口を開いた。
「女…かな」
「は?」
「え?」
驚く二人をよそに椿は優雅に紅茶を一口飲む。そしていつも通りの口調で言う。
「あいつ、けっこう俺に似て女好きだしな」
「男って言う確率は?」
「まずないな。男なら俺と梅とジャンでいっぱいいっぱいじゃないか?牡丹は女には優しいし」
椿は勘が鋭い。梅は半信半疑である。ジャンはショックを受けた顔をした。椿はそれに気付いて話しかける。
「そんな変な顔するなよ」
「ですが…牡丹様は女性でして…」
椿は伏し目がちになった。
「勝手に牡丹を女と思うな あいつは男でもある そういう性質なんだよ」
「…はい…」
「もう少し広く見ろ」
説教じみた言い方にジャンは小さくなった。気まずい空気に梅は「まあまあ」と言いジャンを食室から出した。ジャンが行った後、扉を閉めて椿に振り返った。食室には二人しかいない。
「兄さんがたまに真剣だとちょっと怖いな」
梅は言った。椿は近くにあった新聞を手に取り見ながら言う。
「二性不は勘違いされることが多い 一生女として過ごすか男として過ごすか はたまたどちらの性も使いこなしながら過ごすか…その時に思われる驚き 女だとずっと思っていたのに、とかな 二性不はそれを嫌う 少しだけ人が離れることを知っている恐怖 だが今時差別などほとんどないがな」
「そうだね」
「それに我が華の国は自由の国 同性愛者の結婚も離婚も認めている 二性不がどう過ごそうと良い だがそれに引いてしまう者はこの国が合わない」
椿はそう言って新聞をたたみ、テーブルに置き、立ち上がった。そしてドアノブを掴み梅に振り返る。
「ま、ジャンはもう大丈夫だろう 俺は出かけてくるよ〜」
少しふざけた子どもらしい声に戻って笑ってみせた。梅はなんだかホッとしたようで
「女性泣かせちゃだめだよ」
と言って
「わかってるよ いってきます〜」
明るく街へ行った。



自然に目が開いた。また目を閉じそうだったが二度寝していたことを思い出し、勢い良く体を起こした。すぐ時計を見ると時刻は昼を回っていた。牡丹にとっては寝過ぎの範囲である。ベッドから飛び出し、正装に着替える。髪をとかし、赤い紐を結んでサイドテールにし、至らぬところがないか鏡でチェックし、部屋からでた。食室へ行くと誰もいない。数人のメイド達が掃除していた。
「おい 朝食…いや、なんでもいい なにか食い物あるか?」
「あ!牡丹様 今お目覚めですか おはようございます 何か作らせますのでしばしお待ちください」
「あぁ」
メイド達は切り上げ、台所へ。牡丹は椅子に座りテーブルに置いてある新聞を手に取る。メイドが紅茶のセットを持ってきてコップに注ぐ。ほのかな花の香りの紅茶が心に余裕を出してくれる。
しばらくして朝食という名の昼食が出てきた。スープにごはん。焼き魚にサラダ。どれもかれも健康第一に考えられた食事である。テーブルに銀食器を置くメイドに牡丹は話しかける。
「すまないな」
「いえ」
「食べ終わったら片付けておくから楽にしててくれ」
「はい」
メイドは一礼すると食室から出ていった。牡丹は一人、食事をする。
食事も終わり、ゆっくりしているとノックの音が。
「失礼します」
「ジャンか 朝は起こしにきたのにすまなかったな」
「…いえ…」
なんだか元気がない。普段ならもっと口うるさく説教するくせに。
「どうした?」
「いえ、なんでもございません」
「…椿になにか言われたか?」
図星をつかれ思わず体が反応してしまった。牡丹は少しため息をつくとジャンの側まで近寄った。そして下を向くジャンの肩に手を置いた。
「気にするな」
「…はい」
「まったく…だからお前は彼女もできないんだよ」
「…はい…って、それ今関係ありませんよ!!」
「ははっ」
牡丹は軽く笑うとジャンと共に食室を出ていった。

牡丹は食事中に考えていた。マァンのことと自分のこと。男になってきちんと女と接してわかった。男もなかなか悪くはない。むしろ普段体験したこともないことができて楽しい。だがこのまま男として生きていくことはない。女のほうが良い時もある。なので両性うまく使いこなしなが過ごすと牡丹は決めた。
ここは自由の国。
あとは女を愛してみよう。牡丹は国民のことは愛していても人間一人に愛したことはないのだ。



「マァン!聞いてわよ!あんた、仕事にミスしたの!?」
長髪の青髪が川のように美しい。頭には花の髪飾りがあり、青い色に輝くドレスに似合っている。水色の目をした女、ソンがマァンに大声をだした。まだ開店前のお店にソンの声が響く。
「お客様は最後までお見送りでしょ!!」
「わかってるわよ」
「まったく、あんたがそんなミスするなんて」
「そうじゃないのよ そうじゃ…」
マァンが伏し目になると、何か考えこみ、そしてほのかに頬を赤く染めた。ソンはそれを見るとますます怒りだした。
「ちょっと!まさかその男に惚れてるんじゃないんでしょうね!お客様に惚れてはだめ!これ決まりよ!!」
「わかってるわよ」
「あんた、お店辞めさせられるよ」
「ありがとソン 心配してくれて」
「なっ…!」
ソンは顔を真っ赤に染めた。そして慌てながら
「し、心配なんてしてないわよ!た、ただ、仕事ができない人なんて好きじゃないだけで…」
「ふふっ わかってるわ あなたが優しい人だってことも」
「ば、ばかじゃない!!」
「照れちゃってかわいい〜後でちゅーしてあげるわよ」
「いらないし!ばか!」
ソンは真っ赤になっていた。マァンは笑いながらも頭を撫でて落ち着かせた。ソンは冷静になりながら苛立ちの口調で聞いた。
「で、そのお客様のお名前は?」
「あら…そういえば名前聞いていなかったわ」
「なっ…!あんたってやつは」
「ごめんなさいね それにしても不思議な人だったわ…」
マァンは遠くを見つめて呟く。
「また…会えるかしら…」
マァンの様子を見てソンは思った。
(ここまでマァンを虜にしたやつなんて…こんなんじゃ、マァンがまともに仕事できないかも…なら、私がマァンを守らなきゃ…!!)
ソンは小さく握りこぶしをした。