「よいしょ…」
重そうな袋がゴミ箱に重ねられる。
「たくっ…こんなにゴミためるなっつーの」
とソンはもう一個、ゴミ袋を箱に入れる。お店とお店の間の細い路地にゴミ置き場があり、ソンはそこにお店のゴミを出していた。生臭い匂いから早く解放されたい。と思いつつ、ゴミを投げるように入れる。
「これで最後っと…」
ゴミを投げ入れると奥から、怪しげな男が二人近づいてきた。ソンの目の前までくるとニヤニヤした顔つきで声をかけてきた。
「綺麗な姉ちゃん 何やってんの?」
「ほー美人だなぁ なあなあ今暇?」
ソンはため息をだした。なんとも品がない男共である。顔は汚れ、服はボロボロ。よく話しかけてきたものだとソンは思った。露骨に嫌な顔をしていると一人の男が腕を引っ張った。
「ちょっ、やめて!」
ソンが叩くと男達は眉間にシワを寄せて上から目線でソンに怒った。
「どうせ暇なんだろ!俺達と遊ぼうぜ」
「たっぷり可愛がってやるからさぁ」
迫ってくる二人にソンは強気な態度で言った。
「誰があんたみたいな下品なやつと遊ぶもんですか!邪魔よ!どいて!」
「なっ…てめえ…いい気になってんじゃねーよ!」
男の拳が赤く染まったと思うと、炎が拳を包みこむように現れた。空気が燃える音にソンは驚き怖くなって、目を瞑って構えた。男の拳がソン目掛けてくる。熱い。そう思ったがほのかに腕が熱くなるだけでなんともない。目をゆっくり開けると男の大声が耳に入ってきた。
「おい!てめぇなにしやがる!!」
男は手首だけを掴まれていた。拳は炎で熱いはずなのに、そいつは全く熱さを感じていないようだった。冷たい目が男を睨んだ。
「女を襲うなんて腐った根性だな」
牡丹である。男の牡丹が手首を掴んでいた。牡丹の瞳から溢れだす殺気に男達は何も言えず。ソンは驚いていた。牡丹は手に力をいれる。男は雄叫びをあげ、痛がっている。男の骨にヒビが入りそうなほど。牡丹は男を睨んだままこう言った。
「消えろ」
「っ!!」
手を離すと男達は慌てながら一目散に逃げていった。牡丹は肩をなで下ろすとソンに近づいた。牡丹が口を開こうとした時にソンが言った。
「あたし一人でなんとかできたわよ」
そしてそっぽを向いた。牡丹は目をまん丸くしたが苦笑いで
「女一人じゃ危なかっただろ」
「女だからって馬鹿にしないで あんな下品なやつらあたしの力で…」
「人を見た目で判断してはいけないぞ?」
「うるさい!な、馴れ馴れしくしないで」
怒った顔がほんのり赤い。牡丹は少し面倒くさくなり黙ってソンに背を向けた。ソンは反射的に牡丹の服を掴んだ。牡丹は歩くのをやめて顔を振り向けると、下を向いているソンがいた。そして小声で
「い、一応、礼はいっといてあげる…あ、ありがと…」
「…どーいたしまして」
「か、勘違いしないでね!本当にあんなのあたし一人でやっつけられたんだから!」
「わかったわかった」
牡丹は困ったように頭をポリポリ掻いた。



薔薇少女の中はいつも通り、華やかでにぎやかである。ソンが牡丹に聞いた。
「どうせまたマァン目当てでしょ」
「え」
「マァンばっかりなんだから あんたヘタレなの?」
ソンはそう言って牡丹に背を向けると小声で
「た、たまには、違う人にしたら?…あ、あたしとか…」
「今日はソンにしようと思ったんだが」
するとソンは驚きながら振り返る。青髪がサラリと舞う。牡丹と目が合う。ソンの頬は見る見るうちに赤くなっていった。ソンが何も言わないので牡丹は
「駄目なのか?」
と残念そうな表情をした。ソンは慌てながら
「しょ、しょーがないわね!いいわよ!あたしの接待術をその目にしっかり焼き付けるのね!」
やけに大声で言ってしまった。牡丹はポカーンとしたがニッコリ笑うと
「そうか 楽しみにする」
「!!〜っ」
目に見えるくらいソンは真っ赤になった。牡丹はそんなこと気にせずに店員から100号室の鍵をもらいに離れる。ソンは握りこぶしをして悔しそうにした。
(あんなやつ…顔だけじゃない…!!そうよ!所詮顔だけの男…顔だけの…)
と自分に言い聞かせた。
二人は100号室、いつもの部屋へ入った。ソファーに座り、ソンが飲みものはと聞くと牡丹は黒薔薇と言ってソンが豪酒なのね、と言って牡丹がまあなと言った。ソンが黒薔薇を持ってきてよそい、牡丹が一口飲むとソンが立ち上がって仁王立ちで言った。
「改めて自己紹介するけどあたしはソン まだあんたのこと信用ならないから マァンになんかしたらただじゃおかないんだから」
強い口調で冷静に言う。
「マァンとは親友なのか?」
牡丹が質問する。するとソンは慌て始めて顔を横に振った。
「え!そ、そんな大層な関係じゃないっ…とは思うけど…でもそうならいいなっとかは…ってそんなことあんたには関係ないでしょ!」
恥ずかしがったと思ったら今度は怒ったかのように乱暴にソファーに座る。牡丹は苦笑いをしながらグラスを手に持って中の氷を回す。
「親友だと思うがな」
「なんでよ」
「なんとなく勘」
「はあ?馬鹿みたい」
牡丹は黒薔薇を一口飲む。ゴクリとのど仏が動く。ソンは見盗むように目を動かす。牡丹を観察すると目はするどいし、声は低くて心地よいし、口数は少ないし。体は男らしいし、背は高いし、手は大きいし、落ち着いているし、豪酒だし、大人っぽいし、優しいし、強そうだし…ソンの目線に気がついて牡丹はソンに目線を向ける。ソンは無意識に目を逸らした。
(これじゃ、あたしが意識しているだけみたい!なんか、話しなきゃ…)
ソンはぶっきらぼうに言葉に出した。
「あんた、二性不なんでしょ?どっちの性別が楽なの?」
と、言った途端にソンは気付いた。この前このことで差別的なことを言っていたこと。ソンは自分の言葉の使い方にショックを受けた。この前のことを思い出させてしまう。嫌ない気分にさせてしまう。ソンは話題を変えようと考えている時
「女だ」
「へ?」
「普段は女だ」
と牡丹はあっさり答えた。ソンは驚きつつも気にしてなさそうなので、冷静になり質問した。
「な、名前は?」
「私のか」
「当たり前でしょ」
牡丹は黙り込む。グラスを持ったまま回し、氷の音が鳴ると牡丹は口を開いた。
「秘密」
「は?」
「秘密だ」
「はぁ?」
牡丹はグラスの中の酒を一気に飲み干した。ソンは口を開けて驚いていたがすぐさまそこにツッコミを入れた。
「なによそれ あんた犯罪者かなんなの? それとも国外逃亡者? 名前言えないって何様よ!」
この国の姫です。とも言えず…ここで正体を明かしても面白くないし、なんていってもこのお店に出入り禁止になるかもしれない。姫がこのような風俗に行くなどあまりよろしくない。自由な国でも、健全な方へいってもらいたい。それにこのお店が王族扱いするかもしれない。女は道具のように振るまいて、文句も言わずに。それではつまらないし、面倒くさいことにもなりそうなので牡丹は秘密にした。
(椿に似てきたかな)
「ちょっと!聞いてるの?」
ソンが顔を近づけてしかめっ面で見ていた。牡丹は自然に
「可愛いな」と半分独り言のように言葉に出していた。
ソンは怒った表情をしたが、ほのかに頬が赤かった。
「なによ!突然!ご機嫌取りしようとしても無駄なんだからね!」
「いや、本当に可愛いと思う ソンは表彰豊で面白いな」
「笑ってるの!?人の顔を見て笑うなんて、失礼…」
「くっ、はは、」
牡丹は笑いを吹き出した。心の底から笑っているようで、優しく、暖かみがある笑顔。ソンは少し見とれていた。こんなに綺麗に笑える人がいるんだなと、その時初めて牡丹自体を見た気がした。
「ははっ…はぁ…どうしたソン?」
牡丹が一息つく。声を掛けられて我に変えると
「なんでもないわよ」
そっぽを向いた。なんだが久しぶりの気持ちがこみ上げてきていた。



「また来るんでしょ」
牡丹がドアノブを持って部屋から出ようとしていた。時間がちょうどいいので帰るようだ。後ろにいたソンに振り向いて牡丹は言う。
「あぁ、来るよ」
「ふん、今度はちゃんとマァンに相手してもらいなさい でもマァンに変なことしないでね」
「わかってる」
「…」
ソンは急に黙り込んだ。牡丹はあまり気にしなかったがソンはまだ何か言おうとしているような。牡丹は一言「じゃあ、」と言うと
「ま、待って…!」
ソンが牡丹の腕を掴んだ。牡丹は歩こうとするのを止めてソンを目だけで見た。ソンは軽く掴んだまま小声で言った。
「し、信用ならないって、言ったけど…ちょ、ちょっとは、…信頼してあげても、いいわよ…」
ソワソワしながら言うソンがなんだが可笑しくて。なんとか笑みを堪えている牡丹だが。口の隙間から声が出てしまって、それがソンに気付かれてソンは恥じらいからか、体中が真っ赤になっていくようだ。牡丹は笑みのまま言った。
「私はソンのこと信頼しているし、好きだ ありがとうソン」
ソンは一部の言葉に反応して、驚きながらも、嬉しさのあまり自然に口角が上がっていた。だがすぐに牡丹がまだ目の前にいることに気付くと大声で
「あ、あたしあんたのことなんか好きなんかじゃないんだからっ!!」
と言って牡丹の背中を足で蹴って部屋から出した。牡丹はバランスが崩れそうなのを保ちつつ、乱暴な扉の閉め方に牡丹はまた少し笑った。
ソンはその場に座り込んで
(別にあたしは…)
と思いつつ、牡丹の姿が忘れられないのであった。