R15 ガールズラブ王族 両性 イケメン 魔法 恋愛 シリアス 遊び人 王子  らぶえっち 性転換 愛人 ハーレム 女同士のハーレム

とある魔法の世界に姫様がおりまして。三兄弟の真ん中なんですがね。生まれた時から珍しい性質をもっておりまして。珍しいといってもそんなに珍しくないわけではないのですが。その姫様は生まれた瞬間、男女が不安定でありまして。体が変わるんですよ。一秒ごとに。ですからすぐに医師は「二性不」(にせいふ)だと気づきまして。魔法医師が作った「安定石」の首飾りをその姫様にかけたんですよ。そしたらすぐに落ち着きはじめて姫様の体は女へとバランスをとったんですよ。この性質は治せないんですがね、こうやって安定石をつければバランスを保たれて安定する性に固定されるんですよ。勿論、無償ですよ。しかも自分の意思で女から男へ。男から女へ。変われるんですよ。瞬きするみたいに自然に。
 そんなことがあり姫様はすくすくと育っていきました。そうそう、兄弟の紹介がまだでしたな。姫様を合わせて三人おりまして。
兄の椿様。お父様似のとてもおモテになる人でして。女好きで常にクールで笑顔で社交的。剣の腕がよくて、体術もお得意でして。国民からの依頼をこなしております。未来の王様です。
長女の牡丹様。長髪はお母様の淡いピンクでお美しい。目はお父様似でまっすぐな黒目でございます。クールで冷たいですが、しっかりしていて頼りがいがあります。いろんな方からの信頼が厚いです。
弟の梅様。外見はお父様似ですが目はお母様の赤い目を受けついておりまして。とても優しいお方です。真面目で頭もよくて。医師を目指しているそうですよ。本当にいい子です。
 三人が生まれてもう20年ですね。立派になりました。この「華国」も大いに歓喜しております。華国はその名も通り花が名物でしてね。いろんな種類の花があるのですよ。観光地化もされておりましてね。世界で一番自然豊な国ともいわれております。いろんな花、見たいでしょ?どうですか、この図鑑でも。これはこの国の全ての花が詳しくのっております。きっと役にたちます。え?いらないって。ではではこちらなどいかがでしょ。こちらは珍花をネックレスにしたもので、一生の幸運がもらえるとかでね、大人気の商品なんですがいかがで?いらないと、ではでは次にこちらの…

「おい」

後ろから低い声が聞こえた。驚きながら振り返ると、

「しつこい商売は禁止のはずだ」
黒髪の男が商売人を見下していた。商売人は体を震わせると「すいません」と一礼してそそくさと、この場を離れた。男はため息をする。そして商売人に絡まれていた観光客の顔を見ると
「お嬢さん大丈夫?ごめんねあんなしつこくされて え、怖くなかった?それはよかった あ、自己紹介がまだだったね 俺は椿 さっき俺の話されてたでしょ?俺はこの国の王子だよ たまに違反の商売を注意してくるんだ よかったね何も買わされなかった?大丈夫?どこからきたの?観光?楽しんでね そうだ、この国の名物行った?まだなの?じゃあさぁ俺と一緒に行こうか?大丈夫だって あとの仕事は俺の妹と弟がしてくれるからさ 案内するよ ねえ名前教えてよ 君かわいいね君みたいな可愛い子久しぶりだな ねえ彼氏とかいるの?」
「ふざけるな馬鹿兄」
椿の後ろから声がした。見ると淡いピンクの髪の女がいた。長髪を赤い紐で結んでサイドテールにしていた。
「すぐに女に手だすんじゃない 馬鹿椿」
「じょうがないだろ牡丹 可愛い女の子がいたら話かける それが俺の宿命なんだよ」
「馬鹿か」
牡丹は冷たく言った。
「姉さん 兄さん」
走ってくる音が聞こえる。黒髪の男だ。椿と牡丹に似ていた。
「梅 遅いぞ 何やってんだよお前」
「いやいや 椿兄さんがいきなり走りだしたんじゃないか」
梅という男は呆れた目で椿を見ていた。二人よりも純粋な感じがする。
「じゃあお嬢さんは俺とデート…」
「すまなかったなお嬢さん観光の邪魔したな ほらいくぞ椿」
牡丹は椿の服を引っ張ってここを後にした。
「お嬢さん…」
「兄さんのその癖なんとかならないの?」
「無理だろうなこいつ馬鹿だし」
「…一応王様候補なんだけどね」
「一応な」
三人は一旦お城へ戻ることにした。

「お帰りないさいませ 椿様 牡丹様 梅様」
「おう 使用人達 可愛いねあれ、髪切った?よく似合ってるよ どう今度俺とデートなんて…」
「使用人にまでナンパするんじゃない」
「兄さんしつこい」
「こいつを取り締まるべきだ」
「兄さんいつか捕まるんじゃないかな」
「お前ら…」
というのはいつもの事。椿は女だったらおばあさんでも幼女でも話しかけるので有名。とても親しみやすく国民からも信頼も厚い。とても良い王様になるであろう。
椿は荷物を置いて軽装になると
「さて出かけてくる」
「朝帰りにならないように」と牡丹
「わかってるよ」
と言ってまた出かけてしまった。
「また女?」
梅は牡丹に聞いた。牡丹は荷物を使用人に渡しながら
「さあな どうだろう あいつ意外と秘密主義だから知らん」
「ふーん」
「梅は」
「え?」
「この後は勉強か?」
「うん」
「深夜までやるなよ 体壊すぞ」
「わかってるよ ありがと姉さん」
梅はそう言い残すと自室へ向かった。牡丹も自室へ向かった。





「荷物はそのへんに置いといてくれ」
使用人にそう指示する。使用人はそれが済むと部屋から出た。一人になった牡丹。正面にある大きいカーテンを指差し、魔力であけた。陽の光が入ってくる。牡丹は椅子に座って本の続きを読んでいた。すると
「牡丹様お帰りなら申して下さい」
「勝手に入るな ジャン」
ジャンという男。眼鏡をかけていて執事の格好をしていた。ジャンは牡丹の執事であった。世話焼きで真面目。ドジなこともしばしば。なにやら怒っているようだ。
「牡丹様ももう20歳…そろそろご結婚を考えてもいいのではないでしょうか」
「またその話か…言っただろう 今のところする気はない」
「そのようなこと言わないで下さい!椿様は24歳…もう王受式典をしていいころなのに…現王は引退したくないとおっしゃるし…椿様はまだ王子で言いと言うのに…」
「馬鹿が二人だな」
「牡丹様もですよ!?そろそろ!そーろそろ!ご結婚を考えたほうがよろしいかと!」
「私より自分のことを心配したほうがいいぞ 童貞」
「ど、童貞って!!そのようなお言葉一体どこから…」
「椿から」
「つ、椿様!!!!!」
ここのところ、ジャンは結婚結婚うるさかった。牡丹は興味がない。本を読むことのほうが興味があるようだ。
「牡丹様ももう少し女性らしくしたほうが良いのでは」
「私はこのままでいいと言われた 皆、この私が好きと」
「そうですが…」
牡丹は男らしい女であった。男女からモテており尊敬されている。勇気はあるし優しさもある。剣士としては完璧である。
「ジャン」
「はい」
「私は時折考えるんだよ」
「は?何を」
「本当は男なのかもってな」
そう言って牡丹は指を鳴らすと瞬間移動のように体が上下に揺れたと思うとあっというまに男になっていた。長髪は真っ黒になり体つきもガッシリになり声も一段と低くなった。目だけが「女の牡丹」である。
「変な性質だよまったく」
牡丹の鎖骨の真ん中には安定石が埋め込まれていた。元の体から性別を変えると安定石は体に自然に埋まる。これが性が変わった証である。性を戻すと体から出てきて首飾りに戻るのだ。
牡丹は静かにため息をついた。
「牡丹様…」
「お前がそんな顔することはねーよ」
指を鳴らし女に戻る。
「この性質が困っているわけじゃないし ただなんとなくな」
「…」
「ということで結婚の話はなしな」
「え!」
「さぁ、出てった」
「は、はい…」
ジャンの悲しいそうな背中。牡丹は無視して本の続きを読む。
(城ぬけだすか…つまらないしやることないし)
牡丹は夜。大人の通りに向かうことにした。暇つぶしである。

夜。食事を終え一人部屋の中。牡丹は一通り本を読み終わると簡単な服装に着替えた。黒のTシャツに黒のズボン。男の用な格好である。牡丹は髪の毛を解かし、赤い紐で髪の毛を一つに結ぶ。鏡を見て整えると牡丹は窓を開けて部屋から飛び出した。窓から地上まで6mあるが牡丹には慣れたものだった。風の魔力を調整しながら地上につくと牡丹はゆっくり歩きだした。

牡丹が向かうのは大人の通り道「チューベローズ道」である。子どもは入れない道。風俗店が中心にある。他にはラブホテルや武器屋、暴走族などがいる。違法ギリギリの中でこの道は進化していった。その中に姫の牡丹が一人で行くのだ。普通に玄関から行ったら必ず使用人がどこに行くか尋ね、それに正直に答えたら外出禁止にされていただろう。ひっそりきて正解だなと牡丹は思った。
チューベローズ道に入ると周りは露出が多い女が男性客をお店に誘っているのと、風俗店の店員がしつこく男性客に話しかけている姿が見える。酔い潰れている者もいる。店の外見一つ一つが派手であり魔力で虹を出したり甘い香りをだしたりしている。全体的にいやらしい雰囲気である。牡丹は少し呆れた目をした。
(とりあえず男になるか)
と牡丹は思うと、あっという間に男になった。男になると今の服装にぴったり似合っている。男の姿は国民には公表していなかった。家族と王族の専門医師しか知らない。牡丹は道を歩き出した。
「お兄さん一人!?どうどう寄ってかない??」
「お兄さーん!こっちだとドリンク飲み放題!お酒も半額安くしてますよ!もちろん女の子は若い子しかいないよぉ!」
「いやいやいや、こっちは好みの女の子と二人っきりになれるよ!食事も安くしとくよ!」
少し歩けばこれだ。面白いくらい店員がよってくる。牡丹は少し呆れつつ困った顔をした。すると一人の男性が
「お兄さん何飲みたいの?何が好き?」
「え、そうだな…黒薔薇のワインとか」
「お兄さん豪酒だな〜うちのお店にありますよ!赤薔薇ワインも白薔薇ワインも全部そろってますぜ!もちろん女の子もたっくさんいるよ〜」
「…じゃあ行くよ 案内してくれ」
「あいよっ!」
牡丹は面倒くさくなったのと好きなお酒が飲めるのでこのお店へ行くことにした。お店の名前は「薔薇少女」店員の言った通り、薔薇のお酒がそろっているようだ。
「ささっ!どうぞ」
店員に案内され牡丹は中に入った。
「いらっしゃ…あらまぁ!いい男!」
「やだーかっこいい!」
「久しぶりのイケメンじゃない!素敵ー!」
風俗嬢が牡丹を見るやいなや牡丹に釘付けである。
「さて、どの女の子にしますか?」と店員が言うと
「私!私にしてよお客様!」
「お兄さーんサービスするから私にしてよぉ」
「あんな子より私のほうが…」
牡丹はあっという間に女達を虜にしていた。女は牡丹を取り合い喚く始末に。牡丹はあまりこういう事はなかったので新鮮で楽しい気持ちになった。
「おい」
牡丹の声に女達は静かになり牡丹は続けて言った。
「可愛い顔が台無しだ 笑ってくれ」
牡丹は微笑んだ。すると女は次々に赤面していった。
「きゃー!もう、すってき!!」
「やだ…もう感じちゃう…」
女達はうっとり牡丹を見つめる。
「はいはいお前達持ち場につけ!すいませんねお客さん 一番の子呼んできますから マァン!マァン来なさい!!」
「はーい」
奥からけだるい声がした。ハイヒールの音をわざと響かせながらマァンという女が近づいてきた。
「あらら 何かと思えば素敵なお客様ね」
マァンはいやらしい目つきで牡丹をジロジロ見た。口元にはホクロが一つ。金髪のロングヘアーで肩をだし谷間を見せ、太ももをドレスからチラつかせていた。
「この店一番人気ですよお客さん」と店員
「よろしく」
マァンは牡丹に近づき胸板を触った。マァンは誘うように牡丹を見つめた。これが本当の男なら興奮するんだろう、が、牡丹は冷静でクールで元は女である。牡丹はいつもの調子で
「そうか よろしく」
と真っすぐな目でマァンを見つめた。マァンは驚いた目になったがすぐさま席へと案内した。

「何飲みます?」
「黒薔薇ある?」
「あるわよ あなたお酒強いのね」
マァンはお酒を頼む。牡丹はマァンの事をじっと見つめる。顔、手、足、胸、髪。その視線に気づいたマァンは牡丹に微笑むかえながら声をかける。
「お客様はこーゆうお店初めて?」
「あぁ」
「じゃあ、緊張してるの?」
「いや、女なら何人も好いてきた」
牡丹の発言にマァンは驚く。牡丹は続ける。
「だがお前みたいな女は初めてだ」
牡丹はマァンの手の甲にキスをした。マァンは少し赤くなりながらも余裕な笑みだった。
「初めてってどうゆう意味で?」
「いやらしい女って意味で」
「あらやだぁ」
マァンがクスクス笑う。
「言っとくけどこれ以上のことは無しよ」
「これ以上?」
「スキンシップ」
マァンの手の甲にキスしたことを言っているようだった。
「…これ以上のことって?」
牡丹は顔を近づかせて聞く。わかっているのに。わざとらしく聞く牡丹にマァンは耳元で言う。
「…これ以上のことよ…」
「…ふーん」
「やりたかったらラブホか…あそこでね」
マァンが牡丹の後ろを指さした。そこには地下へ続く階段があった。
「追加料金で楽しいことできちゃうわよ お金があったらの話だけど…ね」
マァンは意地悪っぽく言う。牡丹はじっと階段を見つめニヤリと笑った。

「あなたはお金持ちなのかしら?」
「なんで?」
「まさか初見で地下行きたがるなんて…なかなかいないよ」
ハイヒールの音が階段を降りる度に響いた。マァンは牡丹の腕に抱きついていた。二人は例の階段を降りている。牡丹はあの後地下へ行ってみたいと言った。マァンははたまた驚きながらもお金はあるのか、一度行ったら料金が高くなるがいいのか、普通は興味本位で行ってはならないだとか言われたが牡丹はただ、「行きたい」と言って聞かなかった。
「あなたはすごい人ね」
「なぜ?」
「…私で良かったのかしら?」
「あぁ」
牡丹は短く答えた。マァンはこの時変な人だと感じた。初めての店で初めて出会った女を指名したまま地下に行くなど、ただの金の無駄使いなのではないかと。もっといろんな女がいて、その中で自分のタイプの女といけば良いのに。この店の仕組みも知らないのに。
マァンがそうこう思っているうちに部屋番号100番に到着した。ドアは真っ赤でドアノブは金色に輝いていた。マァンが鍵を開ける。
「何部屋ぐらいあるんだ?」
牡丹が質問する。
「100室よ ここが最後の部屋よ」
「へぇ…今日は満席なのか」
「そんなことないわ たまたま鍵がそうだっただけよ」
「そうか なら今日からここが私専用になるわけだ」
「は?」
とマァンが固まっているうちに牡丹が後ろから手を伸ばし扉を開けた。部屋には大きなソファー。高級そうな机。ダブルベッドも置いてある。最新型のテレビもある。壁と床の色は赤で大きな窓からは魔法で作られた星が描かれていた。牡丹は周りを見て第一声は
「狭いな」
「え、お客様は広いと言うんだけど」
「私の家に比べれば狭い」
「あなたって…」
マァンか少し呆れていると牡丹はソファーの前にある机に触れる。
「ふむ、アダムのデザインか」
「あら知ってるの?」
「アダムといえば鳥をモチーフにした家具のデザイナーだろ 有名じゃないか 華の国の美術の代表者と言ってもおかしくない」
「あらあら…」
マァンはさっきから驚いたままである。マァンは牡丹をじっと見ながら近づいた。
「こんなお客様初めてよ 美術に興味あるお客様なんてこのお店に来ないもの みんな女とお酒がメインで来てるんだから」
「…ひどい連中だな」
「あら、あなたもそうじゃないの?」
「私は暇つぶしにきたんだ」
牡丹はソファーに音をたてて座った。背もたれに寄りかかる。
「どうも最近つまらなくてな もう少し世界を広く見たいと思ってここに来た。別に酒とか女とか」
牡丹はマァンを見て言った。
「お前に興味を持った覚えはない」
冷たく言う。マァンは今日最大に驚き眉間にシワを寄せた。マァンは強い口調で
「ならここまでこなくて良かったんじゃない?」
「広い世界を見たいと言ったろ」
「あなたって…」
マァンは牡丹を見下しながら言った。
「…最低ね」
見下した目。牡丹は何故か笑った。すると
「!?ちょっ…!」
マァンの腕を引っ張ってマァンを抱きしめた。マァンはわけがわからず抱きしめられるまま。牡丹は丁寧に優しく抱きしめている。マァンは少し心地よいと思いつつ牡丹に抵抗を見せた。
「なっ、!ちょっとやめてよ!」
「…」
「何今更!私が逃げると思って!?」
牡丹は何も言わない。さっきとは大違いの優しい腕にマァンは冷静を失っていた。マァンは肩をたたいたり、押しのけようとしたがビクともしなかった。
「ねぇ、!何をあんた、やめてってば!」
「怒ったか」
「はぁ?」
「怒ったかと聞いたんだ」
やっと口を開いたと思ったらこんなことを言った。そりゃあ、あんなこと言われては怒ってしまうのが普通かもしれないが。突然が多すぎる。
「何?謝ろうっていうのかしら」
マァンが馬鹿にするように言うと牡丹は真面目に答えた。
「最初お前が見えなくて」
マァンはその言葉に疑問を持ちながら牡丹の声に耳を傾けた。牡丹は静かな口調で続けた。
「私のこと見ていなかっただろう?ただの金づるが来たと思っただろう?お前は私を見てなかった そんなお前がかわいそうでな」
「か、かわいそう?どこが?」
「お前は女になっていない」
牡丹はマァンの目を見つめて言った。その目は真っすぐにマァンの目の奥まで見据えていた。真っ黒な瞳に見つめられマァンは自然に目を反らした。
「お前は道具のようだ 男のために男の都合が良い男の性欲解消としている お前は道具に慣れてしまっていて本当の女になれていない」
マァンは唇を噛んだ。
「道具としての喜びも楽しみもない平行の人生だな お前は女だろう 道具のままでいいのか 道具になるしかないのか」
と、突然マァンは牡丹の肩を勢いよく押した。牡丹の腕はマァンから離れた。二人の間に微妙な距離感がでてしまった。マァンは顔を下に向けて口を血がでるほど噛み締めていた。そして声を張り上げて言った。
「うるさい!!会ったばかりのあんたに何がわかるの!?どうせあんたも私の体目当てでしょ!!だれも私のことなんかっ…」
マァンはここでハッとして自分の口を塞いだ。牡丹は黙って見ている。マァンは焦りながらも段々と冷静を取り戻した。そして今自分が言おうとしたことを飲み込んだ。そして出会ったばかりのマァンに戻っていった。
「…いやだわ 私ったら ごめんなさいお客様 私変なこと…」
「変じゃないさ」
目を見つめられる。牡丹はゆっくり微笑むとやわらかく言った。
「可愛いよ」
「…っ!」
マァンは耳まで真っ赤になった。とてもわかりやすく赤面したので牡丹は少し驚いた。マァンは恥ずかしいのか口をぱくぱく動かしたが言葉がでずに黙ってしまった。小さく深呼吸をする。髪を整えながら顔を上げる。
「やだわ…お客様ったら…口がお上手なんだから…」
目が合うとマァンはすぐ逸らした。今度は顔を横に向ける。すっかり落ち着きがなくなっていた。牡丹は手を伸ばし、両手で包みこむようにマァンの片手に触れた。マァンは驚いてまた真っ赤になっていた。牡丹はそんなことは気にせずにマァンの手を触る。爪、指、甲、手首、手のひら…ゆっくり触れ、優しい温もりにマァンは緊張していた。いつもの客なら乱暴である。自分の欲望のまま触るだけ。女のことなど考えずに好きなようにしていた。マァンはそれに慣れてしまってもう何も感じなくなっていた。体は反応していても脳は全くの無であり、時が過ぎるのを待っていただけ。だが牡丹は違った。女のことを一に考え、観察し、スキンシップを取り、話を聞き、中身を見ていた。理解しようとしていた。牡丹のような人は初めてでマァンはどう接すればいいのかわからない。だが手を触れてもらえるだけでこんなにも心躍るような気持ちで心地よい。
マァンは戸惑いながらも甘い声をだした。
「…あ、」
「ん?」
「…私、今、すごくドキドキしてる…」
マァンは牡丹の手を取ると、はだけている胸の少し上あたり。心臓がある位置に牡丹の手を置いた。肌を通して心臓の鼓動が伝わってくる。手とは違う感じかたにマァンの鼓動はもっと早くなった。
「…よく伝わる」
牡丹はマァンの変化に気付いている。指先を少し動かすとマァンは耐えるような顔つきになった。だがそれとは逆に身体が徐々に熱くなってきているのがわかる。牡丹はスルスルと手を下へもっていく。
「っ、…」
マァンの身体が少しねじれる。耐えながら感じている姿がなんとも女らしかった。牡丹はマァンのことを見ていたが、ふと、ドアの上にある時計を見た。深夜1時を回る頃である。おもいのほか長いしたなと思った牡丹はマァンの乳房の上で動くのをやめた。手が離れるとマァンは夢から覚めたような顔をした。牡丹はまたマァンの手を握り、言う。
「すまない 今日はここまでだ 帰らせてもらう」
申し訳なさそうな顔にマァンは目が覚める。牡丹は立ち上がる。マァンは固まっていたが我に返り、立ち去ろうとする牡丹の腕を掴んだ。
「まってよ!何を急に帰るなんて!まだ何もしてないじゃない!」
牡丹は振り返りマァンを見た。するとマァンの目には涙がたまっていた。子犬のようだ。泣くのを我慢するように言った。
「これからが大人の楽しみじゃないの?ほらお酒だって飲んでないじゃない!奢るからさ、ここにいてよ!まだ私…」
「…」
「…あなたと一緒に…」
涙が出そうだった。零さないようにするかのように、牡丹はマァンの唇を人差し指で塞いだ。
「また来る」
牡丹は冷静に、だが必ずといった強い口調で言った。マァンは自然にうなづく。牡丹は最後にニッコリ笑うと一人で部屋を出て行った。残されたマァンは、ぼんやり立ち尽くしていた。




「ちょっと〜何してんのマァン!お客様は最後まで見送んなきゃ〜」
「…」
「ちょっとマァン?聞いてるのか?」
「…」
「あのお客様帰っちゃったよ!」
「…」
いくら店員が呼んでもマァンはボーッとしていた。牡丹が頼んだ黒薔薇をグラスに淹れてじっとお酒を見ながら。




瞼越しから強い光が感じられた。
「姫!朝ですよ!」
夢の外からうるさい声が響いた。
「姫ったら!」
今日最大級の大声を出すとやっと牡丹は目を開けた。目の前にはジャンがしかめっ面で立っていた。太陽の光が眩しい。まだ夢うつつの牡丹は布団を頭までかぶった。ジャンは無視されたことに頭きてもう一度大声を出す。
「姫!!起きて下さい!」
「うるさい…」
「具合が悪いんですか!?ってそんなわけないでしょ!あなた様は人一倍体強いでしょ!」
突然の乗り突っ込みである。牡丹は苛立ちながらも眠気には勝てないので、寝言のように
「もう少し寝る…」
と言い残して夢の中へと入っていった。寝顔を見たら起こす気もなくなりジャンは諦めた。



「申し訳ございません 椿様 梅様 まだ牡丹様は就寝中でございます」
「姉さんが?珍しいね」
梅は少し驚いた口調で言った。隣に座って紅茶を飲んでいた椿は少したってから口を開いた。
「女…かな」
「は?」
「え?」
驚く二人をよそに椿は優雅に紅茶を一口飲む。そしていつも通りの口調で言う。
「あいつ、けっこう俺に似て女好きだしな」
「男って言う確率は?」
「まずないな。男なら俺と梅とジャンでいっぱいいっぱいじゃないか?牡丹は女には優しいし」
椿は勘が鋭い。梅は半信半疑である。ジャンはショックを受けた顔をした。椿はそれに気付いて話しかける。
「そんな変な顔するなよ」
「ですが…牡丹様は女性でして…」
椿は伏し目がちになった。
「勝手に牡丹を女と思うな あいつは男でもある そういう性質なんだよ」
「…はい…」
「もう少し広く見ろ」
説教じみた言い方にジャンは小さくなった。気まずい空気に梅は「まあまあ」と言いジャンを食室から出した。ジャンが行った後、扉を閉めて椿に振り返った。食室には二人しかいない。
「兄さんがたまに真剣だとちょっと怖いな」
梅は言った。椿は近くにあった新聞を手に取り見ながら言う。
「二性不は勘違いされることが多い 一生女として過ごすか男として過ごすか はたまたどちらの性も使いこなしながら過ごすか…その時に思われる驚き 女だとずっと思っていたのに、とかな 二性不はそれを嫌う 少しだけ人が離れることを知っている恐怖 だが今時差別などほとんどないがな」
「そうだね」
「それに我が華の国は自由の国 同性愛者の結婚も離婚も認めている 二性不がどう過ごそうと良い だがそれに引いてしまう者はこの国が合わない」
椿はそう言って新聞をたたみ、テーブルに置き、立ち上がった。そしてドアノブを掴み梅に振り返る。
「ま、ジャンはもう大丈夫だろう 俺は出かけてくるよ〜」
少しふざけた子どもらしい声に戻って笑ってみせた。梅はなんだかホッとしたようで
「女性泣かせちゃだめだよ」
と言って
「わかってるよ いってきます〜」
明るく街へ行った。



自然に目が開いた。また目を閉じそうだったが二度寝していたことを思い出し、勢い良く体を起こした。すぐ時計を見ると時刻は昼を回っていた。牡丹にとっては寝過ぎの範囲である。ベッドから飛び出し、正装に着替える。髪をとかし、赤い紐を結んでサイドテールにし、至らぬところがないか鏡でチェックし、部屋からでた。食室へ行くと誰もいない。数人のメイド達が掃除していた。
「おい 朝食…いや、なんでもいい なにか食い物あるか?」
「あ!牡丹様 今お目覚めですか おはようございます 何か作らせますのでしばしお待ちください」
「あぁ」
メイド達は切り上げ、台所へ。牡丹は椅子に座りテーブルに置いてある新聞を手に取る。メイドが紅茶のセットを持ってきてコップに注ぐ。ほのかな花の香りの紅茶が心に余裕を出してくれる。
しばらくして朝食という名の昼食が出てきた。スープにごはん。焼き魚にサラダ。どれもかれも健康第一に考えられた食事である。テーブルに銀食器を置くメイドに牡丹は話しかける。
「すまないな」
「いえ」
「食べ終わったら片付けておくから楽にしててくれ」
「はい」
メイドは一礼すると食室から出ていった。牡丹は一人、食事をする。
食事も終わり、ゆっくりしているとノックの音が。
「失礼します」
「ジャンか 朝は起こしにきたのにすまなかったな」
「…いえ…」
なんだか元気がない。普段ならもっと口うるさく説教するくせに。
「どうした?」
「いえ、なんでもございません」
「…椿になにか言われたか?」
図星をつかれ思わず体が反応してしまった。牡丹は少しため息をつくとジャンの側まで近寄った。そして下を向くジャンの肩に手を置いた。
「気にするな」
「…はい」
「まったく…だからお前は彼女もできないんだよ」
「…はい…って、それ今関係ありませんよ!!」
「ははっ」
牡丹は軽く笑うとジャンと共に食室を出ていった。

牡丹は食事中に考えていた。マァンのことと自分のこと。男になってきちんと女と接してわかった。男もなかなか悪くはない。むしろ普段体験したこともないことができて楽しい。だがこのまま男として生きていくことはない。女のほうが良い時もある。なので両性うまく使いこなしなが過ごすと牡丹は決めた。
ここは自由の国。
あとは女を愛してみよう。牡丹は国民のことは愛していても人間一人に愛したことはないのだ。



「マァン!聞いてわよ!あんた、仕事にミスしたの!?」
長髪の青髪が川のように美しい。頭には花の髪飾りがあり、青い色に輝くドレスに似合っている。水色の目をした女、ソンがマァンに大声をだした。まだ開店前のお店にソンの声が響く。
「お客様は最後までお見送りでしょ!!」
「わかってるわよ」
「まったく、あんたがそんなミスするなんて」
「そうじゃないのよ そうじゃ…」
マァンが伏し目になると、何か考えこみ、そしてほのかに頬を赤く染めた。ソンはそれを見るとますます怒りだした。
「ちょっと!まさかその男に惚れてるんじゃないんでしょうね!お客様に惚れてはだめ!これ決まりよ!!」
「わかってるわよ」
「あんた、お店辞めさせられるよ」
「ありがとソン 心配してくれて」
「なっ…!」
ソンは顔を真っ赤に染めた。そして慌てながら
「し、心配なんてしてないわよ!た、ただ、仕事ができない人なんて好きじゃないだけで…」
「ふふっ わかってるわ あなたが優しい人だってことも」
「ば、ばかじゃない!!」
「照れちゃってかわいい〜後でちゅーしてあげるわよ」
「いらないし!ばか!」
ソンは真っ赤になっていた。マァンは笑いながらも頭を撫でて落ち着かせた。ソンは冷静になりながら苛立ちの口調で聞いた。
「で、そのお客様のお名前は?」
「あら…そういえば名前聞いていなかったわ」
「なっ…!あんたってやつは」
「ごめんなさいね それにしても不思議な人だったわ…」
マァンは遠くを見つめて呟く。
「また…会えるかしら…」
マァンの様子を見てソンは思った。
(ここまでマァンを虜にしたやつなんて…こんなんじゃ、マァンがまともに仕事できないかも…なら、私がマァンを守らなきゃ…!!)
ソンは小さく握りこぶしをした。



性別を変え、戻る時、疲労が出る。頻繁に変われば体が慣れてくるが牡丹は最大一週間ぐらい男のまま、耐えられる。マァンに会った時は久しぶりに男になったので次の日はとても疲れてしまった。なので牡丹は考えて一週間に一回あの店へ行こうと牡丹は思った。
そして一週間後。この前と同じように窓から出て、チューベローズ道へ向かった。


道は変わらず、甘い香りがし、女は男を誘い、店員は客を呼び込む。酔っぱらい同士が喧嘩しているようだが周りの人達は気にしていない。牡丹は薔薇少女への扉を開いた。
「おやおや!いつぞやのお客様!いらっしゃいませ」
「おう マァンはいるか?」
「マァンですね、しばしお待ちを…」
呼ぶ前にヒールの音が走ってくるのが聞こえた。
「あなたはっ…!」
マァンと牡丹は目が合う。牡丹は微笑んだ。マァンは嬉しさのあまりに人前で抱きついていた。そして溜まりに溜まった声で言う。
「あぁ…!どんなに待っていたか…!」
「来ると言っただろう」
「でもでも、一週間も来ないなんて…私、私…」
「とにかく部屋に入ろう」
「100号室を確保していますわ 行きましょ」
マァンは牡丹の腕を離せまいという感じに抱きしめて二人地下へと歩いていった。店員はポカーンとした顔である。と、その様子を柱の後ろから見ていた人がいた。ソンである。
(なになになに!?あのマァンの変わり用!ちょっと異常なんじゃない?)
ソンは突っ立っている店員に話しかける。
「ちょっと!」
「うおわ!ソンか…なんだい」
「あの客誰よ?」
「いや…この前一回来た人だけど…」
「どんな奴?」
「さあ?マァンにでも聞いておくれ」
店員はいつもの店員に戻り仕事に戻った。ソンは頬を膨らませて不満な顔をした。何にも情報が得られなかった。ソンは急いで二人の後をついていく。
(一体マァンに何を吹き込んだのかしら…!)
階段を音がしないように降りる。
「ん?」
「どうしたの?」
「…いや…」
牡丹は後ろを振り返った。ソンの姿は見えないが微かに聞こえるヒールの音に牡丹は反応した。牡丹の耳にはゆっくりと慎重に近づいてくる靴の音が聞こえる。だからといって王族を狙う者でもなさそうだし、牡丹の男の姿は知らないはずだし、どう聞こえても素人が近づいてくる音だと牡丹はすぐに気付いた。特に気にせずに100号室の部屋へ入った。扉の音をわざと立たせて入る。ソンはその音を聞いて駆け足で降りてきた。ソンは扉の前へ行くと扉に耳を当てて聞く耳を立てる。話し声のようなのは聞こえるがなんと言っているのかわからない。ソンは耳に集中した。だが、熱心に聞きすぎたようだ。突然扉が動いたと思うとソンは部屋の中へ倒れてしまった。
「ぎゃっ!」
情けない声をだしたソン。
「ソン!?あなた何してるの!」
ソンが顔を上げると牡丹が立っていた。電気の逆光によって牡丹の顔は暗く、威圧感がある。その後ろからマァンが牡丹を押しのけながらソンに近寄った。戸惑いと怒りが混じったようにソンに言う。
「あなた、お客様に失礼でしょ!!何しているのよ!」
「…ご、ごめ…」
「ほら、立って ごめんなさいね すぐ出しますので」
マァンがソンの背中を押す。するとソンは反抗した。マァンの手を振り返りながら追い払った。ソンの手がマァンの手の甲に勢いよく当たるとソンは言い放った。
「あんたこそなんなのよ!マァン!この前までは仕事ちゃんとやってないし、ミスはするしで、しかも、こいつが来た途端変わってさ!おかしいんじゃない!?」
「ソン!なに言って…!」
「あんた周りの迷惑も考えなさいよ!こんな、こんなやつに…」
無言で立っていた牡丹に目をつけてソンは言った。
「こんな二性不のやつなんか、」
ソンは言葉に出してハッとした。言葉を飲み込んだようだったが時は遅く。二人の耳にはハッキリと聞こえた。マァンは驚きながらもじわじわと眉間にシワを寄せてきた。
「あなた!それわかって言っているの!!この国にいられなくなるわよ!!」
ここは自由の国。体が違えども、体一部なくとも、障害があれども、命あるもの全て、この国は大切に思っている。勿論差別などない。差別は憲法違反である。もし、誰かが差別を言ったり行動をしたら即、刑を与えられるだろう。いうならば死刑である。この国は国民の心を掴むために徹底的に処罰をしてきた。それは今も変わらない。もし、ソンの言葉を誰かが王族関係者に報告していたら…
ソンの顔は見る見る内に青ざめていく。
「あ、あたし…そんなつもりじゃ…」
体が震え、涙はたまり、言葉は詰まり、今にも崩れ落ちそうだ。マァンはソンの肩を支えながらソファーへと座らせた。
牡丹は黙ったままそれを見ていた。マァンは牡丹の視線を感じて顔を向けて許しを請う。
「ごめんなさい…あなた…本当に…」
マァンは一粒涙を流した。
普段の牡丹ならその場で死刑か、裁判へ連れていくか…はたまた国から追い出すか…それくらいの権力はある。だが今は男の牡丹でありこの姿は国民は知らない。こんなところで正体を明かすこともできぬ。それにあの女は悪くはない。牡丹はゆっくり近づいた。そして隣に座った。ソンは体を震わせた。怖い。怖いのだろう。自分が死ぬか生きるか、かかっているのだから。
牡丹は手を伸ばした。そしてソンの頭を撫でた。
「…?」
ソンは涙ながら牡丹の顔を恐れ恐れ見る。牡丹はとても穏やかな口調で言った。
「心配だったんだな マァンのこと」
というとソンの目から大粒の涙が溢れ出した。
「…うっ、う、ん…」
返事に牡丹はホっとした。マァンはソンの背中をさすりながら聞いた。
「そうなの?ソン」
「うん、…だって、店長に注意、だくざん、されでっ…たから、お店、首にっ…うっ、なっちゃうかもって、…噂あった、し、」
マァンはどうやら初耳らしい。目を丸くした。ソンは続けて言う。
「それに…ボーッと、して…話…聞いてっ、くれない…し…うぅっ…」
「そうだったの ごめんなさいソン あなたの気持ちに気付いてあげれなくて」
マァンはソンを優しく抱きしめた。マァンの温もりがソンの心を癒してくれる。ソンは安心したようで涙も体の震えも落ち着いてきた。牡丹はやれやれといった感じで、邪魔しちゃ悪いとも思い、立ち上がる。
「すまなかったな ソン 私がいたせいで」
と牡丹が言うとソンは慌てながら立ち上がり、けっこう大きな声で言った。
「な、なに言ってるのよ!あんたのせいなんかじゃなわよ!あたしが勝手に嫉妬してたっていうかなんていうか…だから、あんたは悪くないっ!!」
顔をづいづい近づけていうもので牡丹は気迫に驚いた。マァンがソンを止めると、やっと気付いたらしく
「あ、あ、ごめん、なさい…えっと、」
動揺しながら髪をいじる。牡丹は少し笑って
「大丈夫 さっきのことは誰にも言わないし、気にしてない」
「ほ、ほんと!?」
「そのかわり」
牡丹はソンの手を握って言う。
「今度はお前も指名する」
この時、きちんと牡丹の顔を見たソンは心臓の鼓動が高鳴ったのを感じた。手を離れ背をむけて牡丹は出て行った。マァンはソンの隣へ並び、意地悪な口調で
「惚れちゃったかしら?」
「え、あっ!ないないない!ありえないから!!」
とソンは真っ赤にしながら言った。



「よいしょ…」
重そうな袋がゴミ箱に重ねられる。
「たくっ…こんなにゴミためるなっつーの」
とソンはもう一個、ゴミ袋を箱に入れる。お店とお店の間の細い路地にゴミ置き場があり、ソンはそこにお店のゴミを出していた。生臭い匂いから早く解放されたい。と思いつつ、ゴミを投げるように入れる。
「これで最後っと…」
ゴミを投げ入れると奥から、怪しげな男が二人近づいてきた。ソンの目の前までくるとニヤニヤした顔つきで声をかけてきた。
「綺麗な姉ちゃん 何やってんの?」
「ほー美人だなぁ なあなあ今暇?」
ソンはため息をだした。なんとも品がない男共である。顔は汚れ、服はボロボロ。よく話しかけてきたものだとソンは思った。露骨に嫌な顔をしていると一人の男が腕を引っ張った。
「ちょっ、やめて!」
ソンが叩くと男達は眉間にシワを寄せて上から目線でソンに怒った。
「どうせ暇なんだろ!俺達と遊ぼうぜ」
「たっぷり可愛がってやるからさぁ」
迫ってくる二人にソンは強気な態度で言った。
「誰があんたみたいな下品なやつと遊ぶもんですか!邪魔よ!どいて!」
「なっ…てめえ…いい気になってんじゃねーよ!」
男の拳が赤く染まったと思うと、炎が拳を包みこむように現れた。空気が燃える音にソンは驚き怖くなって、目を瞑って構えた。男の拳がソン目掛けてくる。熱い。そう思ったがほのかに腕が熱くなるだけでなんともない。目をゆっくり開けると男の大声が耳に入ってきた。
「おい!てめぇなにしやがる!!」
男は手首だけを掴まれていた。拳は炎で熱いはずなのに、そいつは全く熱さを感じていないようだった。冷たい目が男を睨んだ。
「女を襲うなんて腐った根性だな」
牡丹である。男の牡丹が手首を掴んでいた。牡丹の瞳から溢れだす殺気に男達は何も言えず。ソンは驚いていた。牡丹は手に力をいれる。男は雄叫びをあげ、痛がっている。男の骨にヒビが入りそうなほど。牡丹は男を睨んだままこう言った。
「消えろ」
「っ!!」
手を離すと男達は慌てながら一目散に逃げていった。牡丹は肩をなで下ろすとソンに近づいた。牡丹が口を開こうとした時にソンが言った。
「あたし一人でなんとかできたわよ」
そしてそっぽを向いた。牡丹は目をまん丸くしたが苦笑いで
「女一人じゃ危なかっただろ」
「女だからって馬鹿にしないで あんな下品なやつらあたしの力で…」
「人を見た目で判断してはいけないぞ?」
「うるさい!な、馴れ馴れしくしないで」
怒った顔がほんのり赤い。牡丹は少し面倒くさくなり黙ってソンに背を向けた。ソンは反射的に牡丹の服を掴んだ。牡丹は歩くのをやめて顔を振り向けると、下を向いているソンがいた。そして小声で
「い、一応、礼はいっといてあげる…あ、ありがと…」
「…どーいたしまして」
「か、勘違いしないでね!本当にあんなのあたし一人でやっつけられたんだから!」
「わかったわかった」
牡丹は困ったように頭をポリポリ掻いた。



薔薇少女の中はいつも通り、華やかでにぎやかである。ソンが牡丹に聞いた。
「どうせまたマァン目当てでしょ」
「え」
「マァンばっかりなんだから あんたヘタレなの?」
ソンはそう言って牡丹に背を向けると小声で
「た、たまには、違う人にしたら?…あ、あたしとか…」
「今日はソンにしようと思ったんだが」
するとソンは驚きながら振り返る。青髪がサラリと舞う。牡丹と目が合う。ソンの頬は見る見るうちに赤くなっていった。ソンが何も言わないので牡丹は
「駄目なのか?」
と残念そうな表情をした。ソンは慌てながら
「しょ、しょーがないわね!いいわよ!あたしの接待術をその目にしっかり焼き付けるのね!」
やけに大声で言ってしまった。牡丹はポカーンとしたがニッコリ笑うと
「そうか 楽しみにする」
「!!〜っ」
目に見えるくらいソンは真っ赤になった。牡丹はそんなこと気にせずに店員から100号室の鍵をもらいに離れる。ソンは握りこぶしをして悔しそうにした。
(あんなやつ…顔だけじゃない…!!そうよ!所詮顔だけの男…顔だけの…)
と自分に言い聞かせた。
二人は100号室、いつもの部屋へ入った。ソファーに座り、ソンが飲みものはと聞くと牡丹は黒薔薇と言ってソンが豪酒なのね、と言って牡丹がまあなと言った。ソンが黒薔薇を持ってきてよそい、牡丹が一口飲むとソンが立ち上がって仁王立ちで言った。
「改めて自己紹介するけどあたしはソン まだあんたのこと信用ならないから マァンになんかしたらただじゃおかないんだから」
強い口調で冷静に言う。
「マァンとは親友なのか?」
牡丹が質問する。するとソンは慌て始めて顔を横に振った。
「え!そ、そんな大層な関係じゃないっ…とは思うけど…でもそうならいいなっとかは…ってそんなことあんたには関係ないでしょ!」
恥ずかしがったと思ったら今度は怒ったかのように乱暴にソファーに座る。牡丹は苦笑いをしながらグラスを手に持って中の氷を回す。
「親友だと思うがな」
「なんでよ」
「なんとなく勘」
「はあ?馬鹿みたい」
牡丹は黒薔薇を一口飲む。ゴクリとのど仏が動く。ソンは見盗むように目を動かす。牡丹を観察すると目はするどいし、声は低くて心地よいし、口数は少ないし。体は男らしいし、背は高いし、手は大きいし、落ち着いているし、豪酒だし、大人っぽいし、優しいし、強そうだし…ソンの目線に気がついて牡丹はソンに目線を向ける。ソンは無意識に目を逸らした。
(これじゃ、あたしが意識しているだけみたい!なんか、話しなきゃ…)
ソンはぶっきらぼうに言葉に出した。
「あんた、二性不なんでしょ?どっちの性別が楽なの?」
と、言った途端にソンは気付いた。この前このことで差別的なことを言っていたこと。ソンは自分の言葉の使い方にショックを受けた。この前のことを思い出させてしまう。嫌ない気分にさせてしまう。ソンは話題を変えようと考えている時
「女だ」
「へ?」
「普段は女だ」
と牡丹はあっさり答えた。ソンは驚きつつも気にしてなさそうなので、冷静になり質問した。
「な、名前は?」
「私のか」
「当たり前でしょ」
牡丹は黙り込む。グラスを持ったまま回し、氷の音が鳴ると牡丹は口を開いた。
「秘密」
「は?」
「秘密だ」
「はぁ?」
牡丹はグラスの中の酒を一気に飲み干した。ソンは口を開けて驚いていたがすぐさまそこにツッコミを入れた。
「なによそれ あんた犯罪者かなんなの? それとも国外逃亡者? 名前言えないって何様よ!」
この国の姫です。とも言えず…ここで正体を明かしても面白くないし、なんていってもこのお店に出入り禁止になるかもしれない。姫がこのような風俗に行くなどあまりよろしくない。自由な国でも、健全な方へいってもらいたい。それにこのお店が王族扱いするかもしれない。女は道具のように振るまいて、文句も言わずに。それではつまらないし、面倒くさいことにもなりそうなので牡丹は秘密にした。
(椿に似てきたかな)
「ちょっと!聞いてるの?」
ソンが顔を近づけてしかめっ面で見ていた。牡丹は自然に
「可愛いな」と半分独り言のように言葉に出していた。
ソンは怒った表情をしたが、ほのかに頬が赤かった。
「なによ!突然!ご機嫌取りしようとしても無駄なんだからね!」
「いや、本当に可愛いと思う ソンは表彰豊で面白いな」
「笑ってるの!?人の顔を見て笑うなんて、失礼…」
「くっ、はは、」
牡丹は笑いを吹き出した。心の底から笑っているようで、優しく、暖かみがある笑顔。ソンは少し見とれていた。こんなに綺麗に笑える人がいるんだなと、その時初めて牡丹自体を見た気がした。
「ははっ…はぁ…どうしたソン?」
牡丹が一息つく。声を掛けられて我に変えると
「なんでもないわよ」
そっぽを向いた。なんだが久しぶりの気持ちがこみ上げてきていた。



「また来るんでしょ」
牡丹がドアノブを持って部屋から出ようとしていた。時間がちょうどいいので帰るようだ。後ろにいたソンに振り向いて牡丹は言う。
「あぁ、来るよ」
「ふん、今度はちゃんとマァンに相手してもらいなさい でもマァンに変なことしないでね」
「わかってる」
「…」
ソンは急に黙り込んだ。牡丹はあまり気にしなかったがソンはまだ何か言おうとしているような。牡丹は一言「じゃあ、」と言うと
「ま、待って…!」
ソンが牡丹の腕を掴んだ。牡丹は歩こうとするのを止めてソンを目だけで見た。ソンは軽く掴んだまま小声で言った。
「し、信用ならないって、言ったけど…ちょ、ちょっとは、…信頼してあげても、いいわよ…」
ソワソワしながら言うソンがなんだが可笑しくて。なんとか笑みを堪えている牡丹だが。口の隙間から声が出てしまって、それがソンに気付かれてソンは恥じらいからか、体中が真っ赤になっていくようだ。牡丹は笑みのまま言った。
「私はソンのこと信頼しているし、好きだ ありがとうソン」
ソンは一部の言葉に反応して、驚きながらも、嬉しさのあまり自然に口角が上がっていた。だがすぐに牡丹がまだ目の前にいることに気付くと大声で
「あ、あたしあんたのことなんか好きなんかじゃないんだからっ!!」
と言って牡丹の背中を足で蹴って部屋から出した。牡丹はバランスが崩れそうなのを保ちつつ、乱暴な扉の閉め方に牡丹はまた少し笑った。
ソンはその場に座り込んで
(別にあたしは…)
と思いつつ、牡丹の姿が忘れられないのであった。


「下着泥棒?」
牡丹は少し間抜けな声で言った。
牡丹は椅子に座り、国民からの依頼や困り事が書いてある紙を見ている。正面にはジャンとその後ろに牡丹専用の兵達が、跪き、頭を下げていた。
「あー…楽にしてろ」
牡丹がそう言うと兵とジャンは顔をあげた。ジャンは立って説明をし始めた。
「最近下着泥棒が多いようです。一人暮らしの女性、家族暮らし、泊まりの女性にも被害があります。若い女性の下着が多いわけではなく、老人、子どもの下着も盗まれているそうです。犯行はおそらく夜。ですが干した瞬間になくなっているという時もあるようです。下着を盗んだかわりに薔薇の花、一束を置いていくようで、被害にあった家に全てありました。犯人の姿を見た者はいなく、おそらく透明術を使っている模様です。…報告は以上です」
ジャンの説明が終わると牡丹はわかりやすく、ため息をついた。そして一言。
「くだらねぇ…」
「牡丹様、あなたも女性でありますでしょ?」
「別に…私の下着が盗まれてもなんとも…というかなんでこれ私のところに来たんだ?」
ジャンは少し言いづらそうに口をモゴモゴさせながら言う。
「いや、あのですね…」
「椿に言えばいいだろ」
「椿様はその、お忙しいらしく…」
牡丹の眉がピクリを動いた。
「…梅」
「梅様は医者のお勉強で…」
「…父上…は、しないか…」
一通り言い終わると静かになった。ジャンは恐る恐る、視線を牡丹に向ける。と、牡丹が持っていた紙がゆっくりと燃えだした。ジャンと周りの兵は驚き、肩を震わした。紙がボロボロ燃えながら崩れると牡丹は怒りに満ちた声で
「椿…」
「ぼ、牡丹様、」
「どうせあいつ女のようだろ、遊び人が…!」
椿はめんどくさいことはすべて牡丹に押し付ける癖がある。本当は椿宛てにきた依頼のはずだが。紙はすっかり焦げ落ちてなくなった。牡丹は立ち上がる。ジャンは宥めようとする。
「まあ、まあ、よくあることではないですか!どうせ姫も暇…」
口が滑ってしまった。ジャンはやばいと思ったが時は既に遅し。
「…ジャン?」
兵達は恐怖しながら見守るしかできなかった。



なんだかんだ文句を言いながらも牡丹は引き受けることになった。
「とりあえず国民に話でも聞いてみるか」
「そうですね」
ジャンの頬には大きな絆創膏が貼られていた。不満そうな表情と声だったが牡丹は無視して歩きだした。城の門を開け、外へ。
今日も天気が良い。太陽が晴れ晴れとしている。風は爽やかに吹き、鳥は鳴き、水は美しく流れる。名物の花も咲き誇る。とても清々しい気分だ。牡丹とジャン、そして数人の兵を連れて歩き出す。
まずは被害にあった方に聞きに行くことに。とあるマンションの4階に住む若い女性に話を聞くことに。
「きゃー!ぼ、牡丹様!?こんにちわー!」
「こんにちわ」
牡丹がニッコリスマイルに答えると女性はまた一声あげる。牡丹は平均女性の身長より少し高い。しかも他の男よりも男らしい性格でこの通り、椿と争うほどの女性人気が高い。牡丹も騒がれることは嫌いではなく、むしろ喜んでいる。
「牡丹様 今日も素敵ですね!」
「君のほうが素敵だよ 可愛いな」
「もういやだわ 牡丹様ったらお上手なんだから」
「本当のことだよ」
「牡丹様…」
「あのー…牡丹様 調査を…」
ジャンが口を挟むと女性からすごい形相で睨まれた。ジャンが驚いていると牡丹は小さくため息をついて、気持ちを切り替えた。
「お嬢さん、下着泥棒の被害にあったんだろ?」
女性は下着泥棒という言葉が耳に入ると、怒りながら、だが、牡丹には少しぶりっ子のように話だした。
「そうなんです!夜に下着洗って外に干したらなんかベランダで物音がするんで、見たら下着なくなってたんです!私、びっくりして あちこち探したんですがなかったんですよ!そしたらベランダに薔薇が落ちてたんです!もう気持ち悪くて…」
「姿は見てないのか」
「はい…」
女性が少し申し訳なさそうに顔を下に向けると、牡丹は指で女性の顎を持ち上げた。目を見つめて
「大丈夫 私が捕まえてやるよ」
「牡丹様…」
「だからそんな悲しい顔をするな」
「…はい…」
ジャンと兵達はすごく置いてけぼり感に襲われた。
女性の話を聞き終わり今度は第二の被害者の話を聞きに向かう。今度は50代の女性。家族暮らし。夫、被害者、息子二人と住んでいる。一軒家で庭があり、そこに洗濯物を干している。外壁が魔法壁になっており、家族以外が触ると跳ね返す仕組みになっている。屋根からにも魔法鳥が何体か飛んでおり、攻撃するように設定されている。しっかりとした対策があるが下着泥棒はそれを乗り越えたらしい。
「私のお気に入り取られてしまったのです」
「犯人は見たか?」
「いいえ見てませんわ ほんのちょっと庭から離れていたスキに…」
犯人は相当、逃げ足が早いようだ。魔法壁も魔法鳥も抜けられる、けっこうな魔力の持ち主となる。
「こんなんじゃ洗濯物が干せませんわ」
女性がため息をつくと、牡丹はすかさず
「大丈夫 私に任せなさい」
「牡丹様…」
「安心してくれ」
「はい…」
夫持ちの女性の心も牡丹はいとも簡単に癒した。
まだ情報が少ないので牡丹達はまだ歩く。話を聞くと大抵、「犯人の姿を見ていない」という。誰もが知らない犯人。牡丹がふざけて「まさか椿ではないだろうな?」と笑いながら言うとジャンと兵達は苦笑いしながら流したり…牡丹がいちいち女性を元気口説くのでジャンが正直に「椿様に似てきましたね」というと、また一発殴られたり…結局、夕方になった。犯人の情報は全く掴めない。とうとう最後の被害者に会うことに。12歳の少女である。今帰ってきたばかりのようで制服のままである。親と一緒に話を聞くことにした。少女は牡丹達におっかなびっくりだったが、キチンと自分の言葉で話してくれた。
「私、なんとなくだけど、見た気がするの…」
「見たって犯人をか?」
「は、はい…」
これはチャンスだと思い、ジャンが牡丹を押しのけて少女に聞いた。
「どんな格好だった」
「えっと、真っ黒いマント着ていて、帽子をかぶってた 大きなつばの帽子 顔はよく見えなかったけど、たしか白くて長い髪だったと思います…」
「身長は」
「…わ、わからない…です…一瞬だったから…」
「なにか武器は持っていたか?声は?なんの魔法を使っていた」
ジャンが畳み掛けるように聞くので少女は後ずさって、親の後ろに隠れてしまった。ジャンはここで気付き、小さいな声で謝った。牡丹は眉間にシワを寄せてジャンを後ろへ、行かせた。
「すまないお嬢ちゃん だがお嬢ちゃんのおかげで犯人が想像しやすくなった 礼を言おう」
親にも礼を言い、牡丹達の聞き込みはとりあえず終わった。
帰り道、狭い路上を歩きながらジャンが口を開いた。
「犯人の唯一の特徴としては白髪の長髪ですね」
「そうだな」
「そのような人はあまり見かけませんが…とくに男だったら…」
「なかなかいないな 時間かかりそうだな」
「出くわせばいいんですけどね」
「そんな都合のいいわけが…」
と言った時だった。牡丹達の上から何かが飛び越えた影が。そしてその後に悲鳴が聞こえた。女の声だ。牡丹達はすぐさま屋根の上へ上る。牡丹の前方に黒い人影が。そしてキラキラ夕日によってなびいているのが見える。白髪の長髪だ。牡丹は腰に刀に手をかけながらジャンと兵達に指示した。
「ジャンは私とついてこい!他は被害者の元へ行け!!」
というと牡丹は犯人の後を追う。ジャンも牡丹に続く。犯人は屋根の上を軽々しく飛んでいる。なかなか、早素早い。
「ジャン止めろ」
「はい」
ジャンは手を犯人に向けると魔力によって巨大な手が浮かびあがってきた。ジャンの手が犯人に向けられると、巨大な手が犯人に向かって移動した。犯人のすぐ後ろに行くと、ジャンはタイミングよく、自分の手を掴むような動作をする。すると遠く離れていた巨大な手も同じ動きをする。すると犯人が巨大な手に捕まったのが見えた。牡丹は素早く、捕まっているはずの犯人の元へいったが、
「ちっ!」
牡丹は舌打ちをすると、すかさず後ろを振り返った。そこには犯人が別の方向へ逃げて行くのが見えた。牡丹は刀を抜き、犯人に向かって振り上げると、刃から赤い刃が弧を描きながら犯人に向かった。犯人は気付き、避けた。が、避けきれなかった足首が弧にあたって、血が出るのが見えた。犯人はマントで足を隠して、そのまま逃げて行った。牡丹は黙って見るだけ。後からジャンが牡丹へ駆けつけた。
「牡丹様、すいません 捕らえることができずに…」
「いや、良い それに傷を負わせた 時期にやつの足の傷が赤く光るだろう」
牡丹の先ほどの技は相手の体に傷を負わせれば、赤く光り、夜でも見つけやすくなる魔法だ。布でも隠しきれない強い追跡魔法。牡丹は刀を鞘にしまい、
「被害者の元へ行こう」
「はい」
「急ぐぞ」
牡丹とジャンは被害者の元へ向かった。



牡丹は酒を一口飲んだ。濃い味が喉を通る。ふいに、腕を軽く引っ張られてマァンは言った。
「最近下着泥棒が流行っているんですって」
男の牡丹は反応した。すぐさま質問をする。
「そうなのか」
「えぇ」
「お前 盗まれたのか?」
「いいえ でも被害に会った子ならいるわよ」
「何 ぜひその子と話をさせて欲しい」
牡丹はグラスを置きマァンに面と向かって言った。マァンは驚きながらも意地悪な顔をした。
「あらぁ なぜ?」
「いや 気になって」
「…あなたって秘密多いわね」
マァンは人差し指で牡丹の胸板の真ん中を押した。そのままねじるように触る。
「名前は教えてくれない 仕事も教えてくれない 年齢も教えてくれない…スパイなのかしら」
マァンはニヤリと笑う。牡丹は黙って見ていたがマァンの手を取り、握ると真っすぐな目で
「いずれ話す それまで側にいろ」
ハッキリとした命令口調で牡丹は言った。やけに真剣だったので、わけありかなとも思った。だが本当はその真剣さがあまりにも素敵だった。他の男とは全く違う、素敵で男らしい。マァンは頬を赤く染めてウットリした。牡丹が「マァン?」と名前を呼ぶとマァンは我に帰り、
「今、その子を呼ぶわ」
と言って席を立った。
しばらくして扉が開いて、
「連れてきたわよ」
マァンが出てきた。するとすぐ横にソンも来ていた。牡丹はまずソンに
「なんでソンが?」
「なによ あたしの勝手でしょ」
と言って腕を組んでしかめっ面であった。マァンがクスクス笑うと
「ソンはこの子が心配だからついてきたの」
「なっ…!」
ソンが慌ててマァンの口を閉じようとする。牡丹は感心した表情で
「優しいなソン」
というとソンは真っ赤になりながらも牡丹を強く睨みつけた。
「うるさい!もう、それより話聞くんでしょ」
ソンは後ろを振り返り、被害者の背中を押して前に出させた。その子はそっと顔を上げた。オレンジ色のショートヘアで羽の髪飾りが肩まで伸びていた。健康が良さそうなふくよかな体つきで、露出度が高い服から胸がこぼれそうである。いわいる巨乳である。
人見知りなのか、マァンの後ろに隠れてしまった。マァンが一声かけると。オドオドしく出てきた。目はとろんと垂れていた。牡丹は優しく声をかける。
「名前はなんて言うんだ?」
「…リ、リン…」
リンと名乗る子は静かにそう言った。
「ごめんなさいね この子人見知りでしかも男の人が苦手なものだから…」
「そうなのか だがなぜこんな仕事を」
「苦手意識を治したいからって」
マァンはリンの顔を覗き込み、励ましの声をかける。リンの後ろにはソンが心配そうに見ていた。リンが深呼吸をするのを見て、牡丹は本題に入った。
「お前は下着泥棒の被害にあったんだってな?」
牡丹の「お前」呼ばわりに少しビビってしまったのか、すぐには声に出さず一呼吸置いて小さく「はい…」と答えた。ソンに睨まれると牡丹はもう少し言葉を優しくして質問した。
「いつ被害にあったんだ?」
「えっと…一週間前…です 夜中でした」
「どこに干してた?」
「ベランダに…干して、少したったら…盗まれていました」
「犯人の姿は見たか?」
「は、はい…」
リンの言葉に牡丹は反応した。リンは続けて言う。
「黒いマントにつばが大きな帽子をかぶっていて…白い長髪でした…薔薇を置いているのを見て…」
「なるほど…」
「すごい速さで行ってしまってました…風魔法のようでした」
そういえば犯人と遭遇した時、攻撃は無しで逃げていた。素早い動きだったので風魔法だという確率が高い。牡丹はしばらく考えこんでいたが視線に気付いた。牡丹は立ち上がって
「ありがとう いい話が聞けた」
「あらもういいのかしら」とマァン
「あぁ十分だ 私は帰るとする」
牡丹は扉に向かって歩き出し、すれ違う瞬間にリンの肩を叩いた。そして部屋を出て行った。リンはしばらく後ろを振り返っていた。マァンがリンの耳元に
「どう?素敵な人でしょ」
と言うとリンは
「…わかんない」
と言った。




朝になり、いつものように女の牡丹はジャンと兵を集めた。そして今日の夜に本格的な犯人探しをし、捕まえることになった。
「犯人の特徴はその紙に書いてある通りだ 頭に叩き込んどけ」
牡丹はそういうと紙を魔力で浮き上がらせ、紙から文字だけ取ると兵達の脳に入り込み、覚えさせた。言葉通りである。
「牡丹様 作戦はありますでしょうか」とジャン
「作戦?ないないそんなものはない」
牡丹はめんどくさそうに答えた。ジャンはため息をつき牡丹に言う。
「またそれですか 作戦を考えないと捕まりませんよ」
「あー作戦はみんなで力を合わせてだ 協力だ協力」
「牡丹様…そんなことでは…」
「いいんだよ 作戦なんて考えるの苦手なんだよ」
「ですからあれほどお勉強なさいと…」
「うるさいぞ お前の説教まがいは聞きたくない」
「牡丹様 これも国民のため貴方様のために…」
牡丹とジャンが口喧嘩を始めてしまった。いつもの光景だが兵達は苦笑いをする。
「とにかくだ!」
牡丹は大声をだし、自分に注目させた。牡丹は兵達、一人一人を見るように力強く言う。
「いいかお前ら 必ず捕まえろよ これは命令だ 殺すのはするな 生け捕りだ いいな」
「はい!」
兵達が同時に返事をする。皆、良い顔と姿勢で牡丹に従った。ジャンが牡丹に少し心配そうに言う。
「大丈夫でしょうか?」
「何言ってんだ 遭遇した時、私が魔法で目印しただろ?」
「そうですが…相手はすばしっこいです」
「だから協力だって言ってんだろうが」
牡丹はそう言ってジャンの尻を蹴って気合いを入れさせた。



夜になり、城の外で簡単な作戦が聞かされた。勿論考えたのはジャンである。
「いいですか皆さん 夜中なので多くの国民が就寝している頃です なるべく 素早く静かにするのがベストかと 我が国には国に入るための門が4つあります まずそこのに5人ずつ配置し空にも風魔法で5人飛びながら見張っていただきます そして探すのは5グループ3人で行います 本当はもっと兵達を増やしたかったのですが…」
ジャンがため息を出す。牡丹が後ろから
「お前なぁ城の警備も国の外の警備もあるんだ そんなに増やせるか」
と厳しく言った。牡丹の兵はもっと多い。だが全てが下着泥棒なんかに使えるわけがない。今は手があいている者のみでおこなう。ジャンはもう一度ため息をつくと作戦の続きをした。
「犯人は牡丹様がした追跡魔法で足が赤く光っているはず 赤いく光っているのを必ず探してください 見つけたら脳内に直接知らせてくださいね」
共有魔法のことである。伝えたいことを一度脳内で形にし、それを伝えたい者へ送る上級者魔法の一つ。兵達は頷いた。作戦が言い終わると後ろにいた牡丹がみんなの前に向かい
「お前達は優秀だ 必ず捕まえられると信じている」
これは牡丹からのありがたいお言葉でもあり絶対命令でもある。プレッシャーが増えるがなかなか心地よい感じである。兵達の目つきが変わるのを確認すると牡丹は
「行け」
と同時に兵達は自分らの持ち場に向かった。ジャンと後ろに3人だけの兵を残し
「私達も配置につくか」と牡丹。
「はい 牡丹様」
5人は歩き出した。
今は夜中の12時。美しい月明かりが牡丹達を照らしていた。


10

夜特有の風の冷たさが心地よい。だがあまりに風を感じていると寒い。
「牡丹様」
ジャンが暖かいコーヒーを差し出してくれた。牡丹は手に取り一口飲んだ。体の芯まで暖まる。
「あーなんで夜になるとこの国は寒いんだ」
牡丹は少し大きな声で愚痴った。華国は夜になると寒い。朝と昼は暖かい。そういう環境の国なのだ。牡丹は上着を着てコーヒーの暖かさを手に感じながら歩いた。
犯人探しを始めて1時間半になる。今のところ連絡無し。他のグループも歩き回っているがなんもへんてつもない。牡丹は歩きながらコーヒーを飲み愚痴っている。とっとと、捕まえたいというオーラが牡丹から発しされていた。ジャンはため息をつき牡丹に注意した。
「牡丹様そうようなだらしない顔はおやめください」
「は?」
牡丹が強くジャンを睨みつけた。
「もっとシャキっとしてください 兵達にも影響しますので」
「犯人が出ればかっこよくなる」
「今もして下さい」
「やる気しない」
ジャンはまた、ため息をついた。こう見ると牡丹は我がままと思われるかもしれないが、良い言い方をすると無駄な気力を使っていないと言えよう。このようなことはいつものことなので逆にこうではないといつもの牡丹ではない。いつもの口喧嘩もし、まだまだ歩く。
狭い路上を見て、隠れそうなところを見つけては確認し、人が通れば確認する。そろそろ1時になりそうであった。
「あー暇だ」
「やはり何か囮でも仕掛けておけばよかったですかね…」
「犯人は一般人を狙うんだ 王族の用意した下着なんて盗まないだろ」
「そうですかね…」
牡丹がふと、上を見上げると、とあるマンションが目に入った。壁に美しい装飾がある結構豪華なマンションである。そのベランダから人影が見える。何かを取り出し、干しているようだった。深夜に金髪が揺らめいている。
(って、あれマァンじゃないか)
遅くに帰ってきたのか、マァンが下着を干していた。金髪がよく目立っている。少し申し訳ないと思いつつ、良い囮が出てきたと牡丹は思った。牡丹は上を見上げたまま立ち止まる。それに釣られてジャンと兵達も止まった。ジャンが一声かけると牡丹は「静かに」と言って黙らせた。牡丹と同じ方向を見るとジャンと兵達はすぐに納得した。ジャンは小声で指示をだし、屋根の上に配置させた。兵は色真似の術をし、屋根と同じ色に変わって待ち伏せをした。ジャンは牡丹の側にいる。
牡丹は確信がついている。深夜に下着を干しているやつはそうそういない。皆、家の中にしまっているだろう。今歩いてきた中で唯一、干し始めている。これは犯人にとってもチャンスである。
牡丹は睨みつけるように見つめる。
マァンは下着を干し終え、部屋の中に入っていった。
「ジャン 相手は素早い 呪縛眼を使え」
「はっ!」
ジャンは目を瞑り、再び開けると目玉が真っ赤になった。呪縛眼というのは視界に入るものが全てスローに見え、尚かつ、特定の人や動物を動けなくする術である。神経を使うので集中力が必要である。ジャンは瞬き一つもせずに一点を見つめた。
いつくるか…
(出てきたらさっさと捕まえて帰ろう)
牡丹がそう思った時、風が牡丹の髪を撫でた。すると何か黒っぽい影が。
「!!呪縛!」
ジャンが声を張り上げると空中に黒いものが浮かんだ。浮かんでいるというより、無理矢理、飛ぶのを止めさせられたようだ。
「ナイスだジャン!」
牡丹は魔力で大ジャンプをし犯人らしき者に向かった。ジャンと兵達も牡丹に続いてジャンプした。顔はフードに隠れていて見えない。相手はどうにかして呪縛から解放されようとするが超上級者のジャンの呪縛からは逃れることなどできず。ジャンは指の先を紐のように伸ばし、犯人の体に巻き付いた。
「捕まえた、ぞ…!!」
ジャンの眼が真っ赤なことに気付いた犯人はとっさに、自分が履いていた靴をジャンの眼に狙って投げつけた。ジャンは驚いて片目を瞑ってしまった。集中が途切れた。少しでも集中が切れると呪縛はすぐに解いてしまう。犯人は体が自由になると、下着目掛けて風のように手に取った。兵達は犯人を取り囲むようにして突撃したが、隙を見て、兵の上から逃げた。
(このままでは逃げられる…!)
とジャンは思ったが
「私もいるぜ?」
犯人より上に。月夜に照らせれた牡丹はニヤリと口角が上がっていた。牡丹は刀を取り出し振り下ろした。犯人の腹に見事、貫通させた。
「ああああぁっ…!!!」
声にならない声を出しながら犯人は地上へ落下した。だが落下の音はせず、牡丹の魔力でそっと地上へ下ろされた。腹には刀が刺さったまま。犯人の手には下着。ジャンと兵達は牡丹のに駆け寄った。
「すいませんでした」
「謝ることはない あのまま捕まえていたら私の出番がなかったからな」
牡丹は高らかに笑うと犯人の近くに座り声をかけた。
「おい いつまで寝てんだ」
「…うっ?」
犯人は目を覚ました。顔を持ち上げると腹に刺さったままの刀を見てもう一度、
「うわあああああぁっ!!!!!」
と叫んだ。牡丹は大きなため息をつくと呆れて目で言った。
「お前な…まさか…自分が死んだと思ってんのか?」
牡丹の言葉に犯人は呆然としている。牡丹は刀を手に取り、抜いた。犯人はビクリと震えたが痛くも痒くもない。血も出ていないし貫通の後もないことに気付いた。犯人は不思議そうに自分の腹を撫でた。
「これは人を切らない代わりにお前の体の自由を効かなくさせた 今、動きづらいだろ?」
そう言われるとなんだか体がだるくて重い。牡丹のオリジナルの魔法のようだ。
「牡丹様、そのような説明はまた後で まずはこいつの顔でも拝見しましょう」
ジャンがフードを掴み、取った。そういえば犯人は白い長髪だったなと、どんな男だろうと、思っていたが
「!?ん!?」
白い長髪が靡く。白い肌に夜のような目。潤い唇に細い首が見えた。目は大きくぱっちりとしている。そう、まるで
「女!!?」
牡丹達は同時に言った。女らしき犯人は可愛らしく頬を膨らませて怒ってみせた。牡丹達はただ驚くばかり。皆、男が犯人だと思い込んでいたからだ。だが捕まえた相手は女。だしかに下着泥棒はこいつである。手には下着。目撃者と同じ白い長髪。
「…し、失礼」
牡丹は恐る恐る、犯人の胸に手のひらを当てて触ってみた。犯人は「きゃっ」と高い声を出した。牡丹は触るのを止めると
「…女だ…」
と言った。驚く牡丹達に犯人は段々恥ずかしくなってきたのか大声で泣き始めた。
「だってしょうがないじゃんー!私貧乏だもん!!」
「は?」
「下着も買えない、貧乏だもん!うわーん!!」
どうやら理由がわかった。下着が買えないので盗みに走ったようだった。ジャンはため息をつき、兵達は安心し、牡丹は苦笑いした。
「ははっ…お前な…盗むっていってもちゃんと選んだほうがいいぞ」
牡丹の言葉に女は首を傾けた。牡丹は女が持っていた下着を手に取ると、女の胸にあてて
「お前これじゃあ…余るだろ?」
と言うと女に勢いよく頭突きをされた。
さて、これで一応この事件は解決した。後はジャンに任せて他の兵達を休ませ、牡丹も部屋に帰った。寝ながら思ったが
(明日、椿に仕事押し付けよう…)
そのまま眠りについた…。